目覚めゆく街
梅昆布茶

  真夜中のいきものたち

真夜中の市場にはすでに
大都会の胃袋を満たすための供物が
続々と魁偉な動物のような巨大車両や
あるいは中型や小型のさまざまな甲虫たちによって
到着し並びはじめている

轟音をともなって
怪鳥の跋扈し摩天楼の林立するあかるい昼の世界を避けて
あえて夜行性を身に着けたいきものたちは傍目には
その夜の荷役を嬉々として引き受けているようにも見える

昼間の銀座の瀟洒な雑踏は
今は飛び交う早口のジョークやら
小型の運搬機のエンジン音などにとって替わられ
築地はエネルギッシュに
都会の朝を引き寄せてゆく

芝公園で高速を降り
三田や麻布 新橋とがらんどうの街を駆け抜けると
ここは人々という血流で構成された
シュールリアリズムの巨大なモニュメントにも思えてくる

個々の人生は抽象されて経済学や社会学によって
数値化され概念化され取り扱い容易な
パッケージとして計量される

でも僕達は捨象されたものの温もりの中でしか
生きてはゆけないでくの坊に過ぎなくて
そんな想いを抱きながら街とともに目覚めてゆく

もうはね上がることも無い勝どき橋がやわらかいアーチを
夜の海にむかって講和を求める敗戦国のように伸ばしている
その先にもはみだした下町の生活たちがひしめいているのだけれど
いまはただ暗い海の気配だけが支配しているのだ

  朝のキャンバス

築地から浜沿いに高速の下をあみだに縫ってゆけばやがて
大田市場にたどり着く

その頃には空も白み始め町並みも
朝の呼吸をはじめてそろって散歩の老夫婦や
忙しく犬をひっぱってゆくあるいは
ひっぱられてゆく飼い主たちがちらほら

やがて早いつとめの人々がちょっと前かがみの早足で
歩道をときどきならして通ってゆく

しだいに学生やアパレルっぽい若い女性
道具入れや弁当をたずさえたガテン系のあんちゃん
そしていかにもなサラリーマンやOLの姿も増えて
集団登校の黄色い旗も通りすぎてゆく

様々の窓があき様々なドアのノブに触れる手に
朝のひかりがみなぎり運ばれて街はとりどりに
息を吹き込まれてゆく

ぼくはそれを眺めていた
それは目覚めの時間の毎日違う趣向の断片詩

ときにそれぞれの歌が聴こえそうなほど
めまぐるしく表現された世界の色

今日もまたあたらしいキャンバスに
はじめての色彩ではじめての構図が塗り重なりはじめる

そして僕達はその風景の中に細めの絵筆で描かれる
背景のなかの小さな人影のひとつになる

一日がそっと歩き出してゆく

きっとだれかがどこかでねじを巻いているのに
ちがいないのだろう







自由詩 目覚めゆく街 Copyright 梅昆布茶 2012-10-04 23:18:42
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