メモワール
そらの珊瑚

治りかけの小さな傷は
ちょっと痒くなる

我慢できなくなって
その周りをおそるおそる掻いてみたりして

治ってしまえば
こんな小さな傷のことなど
きれいさっぱり忘れてしまうだろうに

治りかけの傷は
たぶんさみしいのだ
自分の存在がやがてなくなってしまうことが

見えない傷はどうしているのだろう
身体の内部で生まれやがて消えていくそんな傷
宿主にさえ知らせることなく
未来永劫痕跡さえ発見されない
もっともっとさみしい傷

弟の手のひらに引き攣れたような傷がある
幼児の頃
母がアイロンをつけたままにして置いて
それを触って火傷した傷
弟にはその記憶はないが
母はその傷を見るたび
もうやり直せない自分の過失を悔やんでいたに違いない
今は子離れして弟と手をつなぐなんてこともない母が
そのことを思い出すことがなくなりますように

小さい頃公園に かいせんとう と呼んでいた遊具があった
丸い大きな輪にぶら下がってくるくる回る仕組み
ある日数人で激しく回って遊んでいると
理由はわからないのだが
私以外の子が全員手を離してしまった
私は回旋する力にひとり取り残され
重みで輪は傾きしばらく地面に引きずられた
手を離せばいいものを どんくさい
その時出来た傷は今も足にあるが
それを見るたび、少しだけ切なくなる
あの時 おいてけぼりにされた自分を思い出して
回旋塔はその後撤去されてしまった

治っても消えない20センチほどの手術痕が
私の胸にある
時間をかけてゆっくりと薄くなってきた
それを見てももう辛くはない
それどころか愛おしいくらいだ

いろんな傷を吸収して
今 ここに存在する
このくたびれた身体もまた
愛おしい


自由詩 メモワール Copyright そらの珊瑚 2012-10-03 08:11:54縦
notebook Home 戻る