サングラスのキューピット
芦沢 恵
信号機が一つ増えただけだった
それが妙に腹立たしくて
この道を使うわたしはエゴイスト
狭い
直角に曲がることの
繰り返し 運転は苦手
3つ目の突き当たりで気づいた
左手に雑草絨毯を敷き詰めた応接間を
横たわる水道管が3メートル
その中を22年前の夏 或る暑い日曜日
でなければ
21年前の冬 寒い祝日の火曜日でもいい
14と14の春夏秋冬
確かにその中を走る水が
あなたの喉を潤し
手足の汚れを洗い流した
車を止めてみる
深い絨毯のすき間には
ブロックのかけらが
食べこぼされたクッキーのように
沈み込んでひっそりと
片付けられる時を待っている
花壇があった
二人で作った花壇
14と14の春夏秋冬
花を咲かせ 花を散らせて
20年前にあなたは
家族と共にこの地を去った
あの時からわたしも風雨にさらされ続け
時間は止まらなかった
角が丸く風化した
ブロックのかけらを一つ
ハンカチに包んで車に戻る
知らぬ間に大きな車が
後ろに止まっていた
私が戻るのを
黙って待っていてくれた
深く一礼をした
スモークガラスの向こうに
サングラスのキューピット