ギブ・ミー・シェルター
テシノ

読みかけの本の
開いたページのすぐ横に
わたしを置き忘れてしまった
駅に着く頃
あ、しまったと気付くが
頭はどうしてもあの電車に乗りたがる

今日は座れた
昨日は座れなかったからね
よかったよかった
と話しかけても
返事がない
わたしはわたしを忘れたことを忘れた

学校に着いたらおはようの応酬
見慣れた朝に紛れ込むとき
人は人の形をしたただの密度だ
ふと鞄の中から気配がした
何かと思って覗き込むと
小さいの頃のわたしがいた

ああ、これはまずいな
まずいことになった
着替えのTシャツを掴んだときに
間違えてしまったのだ
久しぶりに部屋を出た小さいわたしは
戸惑い、怯え、縮こまってゆがんでいる

わたしの中にわたしが不在なのに
鞄の中に小さなわたしがいる
廊下が真空になった、音が遠退く
何階にいるのかわからなくなって
ベソをかきながら歩く
怖い、怖い、こわいよお

悲しくなるのがこわいよお
絶望するのがこわいよお
気づかれる前にここから逃げなきゃ
思い出せ、思い出すんだ
初めて自分で歩いたときを
勇敢だったその日のことを

たすけて消火器
たすけてトイレのマーク
たすけてかべの画びょう
たすけてカナブンの死がい
たすけて交通安全週間のポスターのおねえさん
たすけてわたしの鞄の肩ひも

肩ひもにしがみついて窓から中庭を見たら
黒い鳩のなかに白いのが一羽だけいた
それで思いついた
そうだ、透明になればいいんだ
昔叱られたときみたいに
誰からも見えなければ誰も怖くない

コンコン、コンコン、入ってますかぁ?
いませんよー、だぁれもいません
ほぉらいた、うーたんここにいたぁ
お母さんにはわかるんですよーだ
うーたんがどこへ行っても
いつ誰と何をしてても

お母さん、全部知ってるんだからね

あれ?どうしたの
友達に声をかけられた
いやぁ、鳩がね
わたしは鼻声で答える
一羽だけ白いのが悲しくてさ
ええぇ?…ああ、屋上いこっか

なんとなく並んで歩く廊下は
もう真空じゃなくなっていた
どうして見つかっちゃったの?
わたし、透明になってたのに
だって、見えるよ、と友達は笑った
それなら服は脱がなきゃダメなんじゃない?

チャイムの音を聞く、空が近い
どうすんの、教室に荷物置いてあるのに
これじゃわたしが透明じゃん
友達がフェンスに寄りかかってぼやく
わたしは中を確認してから
そっと鞄を閉じた

空が近い


自由詩 ギブ・ミー・シェルター Copyright テシノ 2012-10-02 19:52:57
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