虹のプラットフォーム
カワグチタケシ

湖底から水面を見上げて
湖の周囲には深い森が広がっている
白いシーツを乱すように
水面に陽光が跳ねる
森の上にだけ天気雨が降っている
それは恋人の涙のようにすこし塩辛い
恋人の涙は小鼻の脇を伝わり
ジェリービーンズのような口唇を浸し
細いあごのさきからテーブルに落ちる
恋人は細い指先でその水滴をすくい
ジェリービーンズの口唇に再び運ぶ
僕は恋人の手をとって
その指を口に運ぶ
その指はかすかに塩辛い

百年前の惨事
風が吹く
とは
気圧の高い場所から低い場所へ
大気が移動すること
地上の大気
そこに越えられない壁がある


月を見上げながら
月を見上げているたくさんの人を想う
とその人は言う
僕は同じ頃
ひとりの人を想っている
月を見上げながら
たくさんの人を想う人
数人の人を想う人
ひとりの人を想う人
誰のことも想わない人
月を見上げない人

世界は構成されている


続いていく未来に光が見えないとき
これが最後の手紙だと思って
何通も手紙を書いた

深夜
土曜日の夜明け前
いまごろきっと恋人は
静かに寝息を立てているだろう
眠っている人に宛てて
手紙を書いている
この手紙を読むとき恋人は起きている
同じ時間に
僕も起きているのだろうか

やがて夜明けとともに
君の罪が僕を照らすだろう
夜明けの道はどこだろう
夜明けの道は遠いか


息苦しくなるような暑さは二週間しか続かなかった
それから強い風が吹いて、気温が急激に低下した
雨はまだ降り続いて、恋人の髪や肩を濡らす
空から小さな水滴が風に揺れながら落ちてくる


僕らの再会の日まで
君が風邪をひきませんように
タオルケットを喉元まで上げ
爪先を揃えて眠る人
その寝顔を夜が明けるまで見ていたい

いろいろの
積み残したことを積み残したままに
眠れ
僕が眠たくなるまで
明朝の最低気温は24℃


待ち合わせは
虹のプラットフォーム
うれしいときも
飛びは跳ねるときも
そのまつげは
いつも
涙の色をしていた

 


自由詩 虹のプラットフォーム Copyright カワグチタケシ 2012-09-22 00:12:18
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