オートマトンの夢
梅昆布茶
それは遠い呼び声だった。
かすかに愁いを帯びた紙片の様にかさこそと空気のへりを伝わって忍び寄るなにかの気配がこのところ僕の耳元にすみついているみたいに。
五感に走る刺激がなければ自らを認識できないぼくらにとってそれは宇宙に遍満した背景放射のようにもかんじられる。
あるいは存在そのものをおびやかす微熱でもあるかのように時になにかに共鳴するように高まり鋭く震えてはまた去ってゆくのだ。
今朝の眠気がまだ晴れないまま僕はカプセルに入り頭の中で親しい友に話しかけるように半透明の繭の高密度に集積された魂に要求を伝える。
ほどよい温度の流れにからだを洗われるにまかせて柔らかな夢からさめてゆく。
繭はあたかも自分の精緻な働きを見せつけるかのようにかいがいしくすみずみまで僕の
体を衛生の見本よろしく仕立て上げる。
ただしそれはこの繭の仕事のほんの一部にすぎない。
それは遠い昔にあった一番小さな社会の構成単位であった家族と家庭というしくみのすべてを内包してときに自在にその姿を変容させながら
つねにこの小さな世界の断片の小部屋を機能させかつさまざまな夢をもみさせてくれる身近な全能の天使なのだ。
すでに夢と絶望を見尽くした僕らはたぶんいつしかすべてのこの世界の調整をこのオートマトンに委ねることによって
恒久平和という免罪符を自らの創造した文明の結論として導き出し
彼らの安穏なしもべであることを選択したのかもしれない。
それは実現された胎内回帰願望なのだ。
僕はオートマトンの料理を食べ
適度な運動の指示に従い光のなかで瞑想に耽り
オートマトンの喜びを感受し
オートマトンの夢をみて
かすかな社会や異性への思慕の残滓を残しながら
遠くに虫の羽音を聞くように静かに
眠りのなかに埋没してゆく
それはとても穏やかで素敵な夢だろう
いつか空が落ちて来る日に僕達は
どういう夢から醒めるのだろうかそして
あの呼び声はそのとき何かを答えてくれるのだろうか
それとも夢の続きの夢を
紡いでくれるのだろうか
散文(批評随筆小説等)
オートマトンの夢
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梅昆布茶
2012-09-05 21:52:12