久しぶりに短い文章。
小池房枝

久しぶりに短い文章を書きたくなったので書いてみる。短い文章を書いてみると何だかいつも久しぶりだ。嘘だけど。
先日、乗換駅のホームでセミを拾った。まだ生きていた。木のない駅で、人に踏まれるよりは草地に放してやろうと思ったが手の甲から離れない。仕方がないので一緒に急行に乗った。気味悪く思い迷惑がる人もいるかと思ったが、誰も一瞥さえ寄越さなかった。空席を探して一息つくと、やがてセミも、もぞもぞし始めた。タガメではないし血を吸われることもあるまいよとたかをくくってあやしていたら、アイタタタ。口吻を突き刺して来た。血迷うな。私に樹液はない。
やがて終点。改札を通ろうとするとスイカは残高不足。この状態のまま片手でチャージは出来ず、駅員のいる出口で不足料金を払って出たが、駅員も私の手の甲のもぞもぞについてはノーコメント。セミなんか可でも不可でもなく、きっともっと具体的にあれこれやらかす客が毎日絶えないに違いないのだろう。
駅前ロータリーはケヤキの広場だ。タクシー乗り場近くの木の一本に今度こそ手からはがして止まらせようとすると、風の匂いがわかったのか、じじじっと飛び立ち飛行距離約1m未満。その木の幹のすぐ裏側、目の高さにとまった。逃げたおおせたつもりなのか、口吻突き刺して来たり飛んだりその程度の余力はあったくせに、何故こいつは乗換駅にいたのだろうか。急行に乗りたかったのか。
乗り込んだタクシーの運ちゃんに初めて声をかけられた。さっきのセミは良かったね。それでなくても寿命短いんだろうから。セミとひとときをともに過ごして、初めてセミについて話しかけて来たひとだった。


散文(批評随筆小説等) 久しぶりに短い文章。 Copyright 小池房枝 2012-08-29 03:42:02
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