祈り 〜八月生まれの母へ〜
銀猫

おかあさん
おかあさーん


わたしを産んだ日は
晴れていたと聞きました
満開のサクラ
初夏のような西陽のなかで
汗をかきながら
わたしを産み落としたと。
産院の名前を覚えていますか
あの、お寺の裏手に
今も建っているようです

おかあさん
先月も先週も
そして、ついさっきも
わたしに通帳の在りかを尋ねたこと
わたしが今
何処に住んでいるのかと
何度も(何度も繰り返し)
電話番号をメモしては失くし・・・・・
そんなことは
忘れていいのです


そして
もっと忘れて欲しいのは
あなたがまだ少女だった頃に
サイレンに怯えた日々や
お腹が空いても
金魚鉢の、
ああ、夜店で掬った金魚、
それくらいしか固まりの泳いでいない、
すいとんしかなかったこと
疎開っ子と言われ
いじめられた悔し涙

あなたは
もう子どもを
やり直しているのですから
辛いことは
忘れてしまって下さい


代わりに
あなたから聞かされた、
怖い怖い戦争のこと
わたしがここに
ね、書いておきますから
どうぞもう一度
少女に戻って
れんげ畑で
花かんむりを編んで、
編んで
それから
白いドレスのお嫁さんになって
わたしを産んでくれた、
それだけを覚えていて下さい


怖い人はもう来ないから
日本の国の、
みんなと、わたしが
あなたを怖い目には遭わせませんから


この頃は夜まで蝉が鳴いていますね
黒い八月には
どうしていたのでしょう?






自由詩 祈り 〜八月生まれの母へ〜 Copyright 銀猫 2012-08-15 15:56:49縦
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