イカロスの墜落
梅昆布茶
ブリューゲルの「イカロスの墜落のある風景」
野間宏に暗い絵と表現させた作品のひとつでもあろう
ボッシュなどの流れを汲んだ暗い閉ざされた色彩に
海中に墜落したイカロスの足だけがみえる
ギリシャ神話とは程遠い中世封建社会終焉の空気のなかで
ヨーロッパの北辺に生きたかれのどういう視点があったものか
寓話にみちた彼の作品群のなかで精細にかきこまれた農民や羊飼いや
イメージの氾濫にもおもえる怪物たちのおどろな絵画に混じって
そのイカロスは悲しげでなぜか清々しい気がする
贋作とも言われるが僕は気に入っている
海面でばたばたするイカロスの末期の足はそのまま
ブリューゲルのアイロニーの眼差しにも思えるのだ
地中海の豊穣な陽光の中に繰り広げられるつづれ織りのアリアドネーとテセウスの恋
獣人ミノタウロスと暗黒の迷宮そして窮地を脱出する軽やかなイカロスの飛翔
どう考えても彼の「雪の中の狩人」の絵画世界とはひとつにはなりがたいが
若き日よく聴いていたラルフ・タウナーの「イカルス」のアコースティックで
透明な旋律がながれる僕の頭の中で農民や羊飼いや船乗りたちがじぶんたちの日常を
つつがなくすすめてゆくというイカロスの悲劇とささいな生活たちのしずかな共存との対照がある美しさをかもしだして
あんがいそれがこの世界の実態ではないかという気がしてくるのである
イカロスが何度墜落しようと
振り向く人間は誰一人いないのだろう
その叫び声はうみの藻屑と消えてゆく
おだやかな地中海だけがなにもなっかったかのように
悠久をたたえて陽に照り映えているだけなのかもしれない
自由詩
イカロスの墜落
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梅昆布茶
2012-08-07 19:51:18