ポケットの中に
小池房枝

患者相談室の看護師さんは
物品を受け取らない
公立病院だからね
規則上も実際もそれは厳しく守られている

けれどあまりにもいつも何でもないことを
どうしようもないことを
よしなしごともありごとも
何もかも聞いてもらってるので
今日はお礼に貝殻を二つ持って出た

ポケットの中にぽいっと入れておいて
帰り際
右手か左手か
握りしめた中身
ちっちゃな巻貝か白い二枚貝
選んでもらおうと思って

でもそれさえも
最初は受け付けてくれなくて
金品でなく
品物という程のものでもなく
のど飴以下のものですから
と言ったにもかかわらず
その中は空気じゃないんですよね?と
どちらとも言ってくれなかったので

それじゃぁ
私が勝手に忘れて行ったことにしましょうかと
両手を開いて貝を見せると
尚も困った表情
でも案外意外だったらしく
笑顔
受け取ってくれたかどうかは秘密
南の海の話をした

まったくもって
患者相談室の看護師さんは大変だ
南の海の話まで聞かされる

さておき相談室帰り
敷地内のアサガオに水をやってると
ベンチで泣いてる人がいた

小さなペットボトルに
何度も何度も水を汲んでは往復してると
ぽろぽろぽろぽろと
ハンカチ片手に
ずいぶんと涙を流してた

ひとはひとをかまうし
かばうものだよね時には

それにその時
わたしのポケットには貝殻があったので
小さな貝を渡して
そのひとの片手にぽとんと置いて
ご自身ですか?ご家族ですか?と
私は私が患者です、と
おせっかいだったかなと思ったら
泣き崩れられた
手を握りしめられて

うん、うん、わかるよ、わかります
などとは言えない話がある
とてもじゃないけどそんなこと言えない
だけどこちらも同じこと
互いに互いの話をして
やっぱり私は最後には南の海の話

ちいさな貝殻
転院先の枕元に置いてお守りにしますだなんて
そのへんにポイしちゃって下さってもと答えた
土の栄養の足しになりますから
それはそれでまた何かの巡りの一つですからと

ほんとうは貝殻は
貝が生きていたことの証
貝の形見
でも、きれいでしょう?

いつもポケットには
何かをいれて持っておこうかと思った
冬ならのど飴
夏なら小さな白い貝殻

何もなくても
何か


自由詩 ポケットの中に Copyright 小池房枝 2012-08-02 19:57:18
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