とうもろこしを茹でながら
そらの珊瑚

子どもの頃
夏になると
庭に母がとうもろこしを植えた
毎日水やりをするのは
弟と私の仕事だった

「これ、なんていうとうもろこしか知ってる?」
「とうもろこしに名前なんてあるの、おねえちゃん」
「名前っていうか、種類のこと。人間にだって、いろんな種類があるでしょ」
「優しい人とか、そうじゃない人とか?」
「それを言うなら、怖い人でしょ」
弟とは反対言葉クイズで、いつもけんかになる
優しいの反対言葉は優しくない
楽しいの反対は楽しくない
と弟はいう
まだ小学校に上がる前だったから、無理もなかったのだけれど

「このとうもろこしはハニーバンタムって言うんだよ」
「へーなんだかボクシングみたい」
父は大のボクシングファンで
私たちはよくテレビの試合を一緒に見ていて
バンタム級という言葉を知っていた

「赤コーナー、ハニーバンタム級チャンピオン!」
採れたてのとうもろこしの皮を向きながら
よくそんなことを言ってふざけあっていた
とうもろこしのひげが
人の髪の毛みたいだった

父親の弟はプロボクサーで
いいところまでいったのだが
試合で受けた強いパンチが原因で
命を落としてしまった

好きなボクシングで命を落としたんだから
あいつは本望だったさ

父はよくそう言って笑ったが
それからはボクシングの試合を
テレビで観ることはなかった
それについては誰も何も言わなかった
気づいても言わないほうがいいことがあるのだろう
「ほんもうってなに? おねえちゃん」
「しあわせってことかな。よくわかんないけど」

それから私たちは
ハニーバンタムごっこをして
遊ぶことを止めた
家族に咎められたわけではない
死にまつわるもので
それ以上触ってはいけない気がしたのだろう
ましてや
それで遊ぶのはいけないと
あの頃
死は
遠い遠い特別な存在だったが
年月を経て
今の私には
それはちょっとだけ
身近かになった
今まで命を落とすことはなかったけれど
それはただ幸運だったのだろう
そんな幸運がいつまで続くのかは
誰にもわからない

毎年夏になると
大好きなとうもろこしを
大きな鍋でぐらぐらと茹でる
めいっぱい茹でる
もうこれ以上は食べられないというまで茹でる
それが一年でも多く
味わえたら
それだけで本望という気がする

あの頃
とうもろこしの一粒一粒を
前歯でこそげとるように
時間をかけて食べるのが好きだった
あの頃
時間は余るほどあったから
そんなことをして時間を浪費していた
子どもたちが
手を離れつつある今
そんな時間が私のところへ
ふたたび戻ってきたようだ
しあわせなことに


自由詩 とうもろこしを茹でながら Copyright そらの珊瑚 2012-07-21 19:12:02縦
notebook Home 戻る