空っぽの手のひら
ただのみきや

石で打たれるような
犬に追い立てられるような悲しさに
居ても立ってもいられなく
ただただ早く帰りたかった
日没に向ってひたすら走り続けた


貝のように固く握りしめている
決して手放してはいけないもの
あまりに長い間走り続けていたので
何を握っているのかも忘れてしまった
ただ緩みそうになるたびに
子どものように全身で握り直したのだ


やがて疲れて 身が傾いで
よたよたと道の端に寄ったかと思うと
そのまま川へと転げ落ちてしまった
口や鼻から咽ぶ恐怖に怯えながら
流れに抗うこともできずに迫ってくる
口を広げた暗渠に飲み込まれようとした その刹那
誰かの手が差し伸ばされ
強い力で引き揚げられた


明るい陽射しの下
気がつけば一人きり 座っていた
いつのまにか手は開かれていた
あの時夢中で誰かの手をつかんだから
空っぽの手のひら
いったい何を握りしめていたのだろう
気がつけば
もうそれほど若くはなかった


目を上げると大地は広々と開け
原野は風にうねり波打っていた
行く先の知れない一本の細い道を
先へと進んでみることにした
日の昇る方へ

空っぽの手のひらで
風が小さく渦を巻いた



自由詩 空っぽの手のひら Copyright ただのみきや 2012-07-05 00:46:27
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