「その海から」(71〜80)
たもつ


71

右手に吹いた風が
左手に届く
200CCの献血
等級の低い列車で
ここまで来た
会議が始まる


72

プラスチックの空
消し忘れた電線の跡
眠るだけ眠ると
羊たちは巣に帰って行く
色彩豊かな
廃車に乗って


73

寝不足の犬が長い坂道を下る
開け放たれた窓から
今日の天気予報が流れてくる
停留所にバスがとまり
浮き輪を身に着けた人が
次々と降りてくる
遥か彼方の海を目指して
ここからは皆
歩いて進まなければならない


74

水平線の匂いがする
黒板消しは今日もどこかで
私の背中を
消しているにちがいない
百葉箱を開ける
台風が音を立てている


75
 
送電線の中で
キャッチボールをする
刻々と夕闇は深まり
私たちはいくつもの
ボールを失ったのだった
何事にも負けない、
そう決めた時から
アジのひらきが好物となり
ホッケもたくさん食べた


76

虹の真下で受話器を取った
誰かの息継ぎだけが聞こえる
私は海について
知っていることのすべてを
話すように努めた
昼休みの造船所から
人が出てくる


77

前線が停滞して
私たちのトビウオは
飛ぶべき空を失った
バスに乗って行こうか
掌と同じ色のバスに乗って
話ができるくらいの距離で


78

駐車場を指で触っている
紙の上では革命
逃げ場のない独裁者は
「うみ」と書いて
その中に飛び込む
何事もなかったかのように
さっきから
自転車が壊れている


79

失踪した運転士をさがして
モノレールが夜の街を走る
私たちはは美味しいご飯を
食べたかっただけなのに
食器を指紋で汚し続けた
明日の朝は早く起きて
入道雲を捕まえに出かける


80

喉に刺さった魚の骨を
抜いている間に
弁当屋は解体され
更地は売りに出された
水族館ができるといいねと
子供たちは噂し合った
海も川もない街だった
それでも風だけはいつも
豊富に吹いた





自由詩 「その海から」(71〜80) Copyright たもつ 2012-06-26 19:35:05
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