生きる証
salco

舌を切られた者はともかく
一度口に放り込まれたら
二度とキャンディーの味は忘れられない
どんな果実よりそれは甘く
どんな甘味より刺激が強く
思うだに唾液が溢れ
食べ続けても満腹感は決して来ない
例えば愛とはそんなもの
虫歯予防は根気が第一

かつて我々はサバンナに暮らす
歯磨きも靴磨きも要らぬ
素朴で謙虚な裸族の子ら
無心で無垢な未開人の子らのようだった
貧しい親の精一杯の供与に充足していた
しばしば空飛ぶ夢は見ていたものの

そしてある日
異教徒の毛むくじゃらな指先から
口の中へ転がり込んだ宝石の味を知る
宣教師の熱意が
あるいは無用の節介が
土人の子らの舌上で至高の音楽を奏で
至上の夢となり最大の罪過となったように
その時以来我々は
愛に焦がれ、欲し続ける虜となった

何か大きな堕落の陶酔ででもあるかのように
それなしには生きてさえ行かれぬようだ
狂おしく渇望し
追い求め打ちのめされても
震える手を延べ救いを乞う
麻薬中毒者のように
庇護を求める捨て犬のように
時には見境ない悪食漢のように
そうしないと生きて行けない
まるで心臓が
誕生時に傍らで鼓動していたシャム双子の
分離されてしまった片割れを探し求めて
盛んにくっつきたがっているみたいだ

時限装置を組み込まれた
かくもか弱き我々は
なべて生物の存在理由である生殖以外の目的で
エゴを毛布でくるみ苦痛を緩和する愛情を求め
いつまでも乳児のような幸福に包まれていたいと願う
そうした状態に自分を置かないと
心が荒んでミイラになるか
発狂して狼男にでもなるか
老いさらばえた透明人間になってしまうと

孤絶の懲罰房に怯える人々は
サファイアの瞳を差し出した王子の像と
その足元に転がるツバメの幸福については
忘れてしまったようだ
修道院の塀外を
ありふれた日常に笑いさざめく人々は
強制収容所で自ら命を差し出し餓死に赴いた
あのポーランド人神父の幸福については
知りたくもないようだ


自由詩 生きる証 Copyright salco 2012-06-21 23:28:05縦
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