『夜のレモン』
川村 透

夜のレモン。
堤防の上で君と、レモンと

夜のレモン。
夜のレモンを齧る、少し寒くなってきた。

夜のレモン、なぜこんなにも、ごつごつと、緑色で、
死体のまぶたのような、ぶ厚い皮でおおわれているのか?




夜のレモン。
夜のレモンの中には、

母のやさしい暴力に守られた海がある
うみ、の、果汁がぶあつい皮ごしに、たぷん、と泣いた。




夜のレモン。
目を閉じると、魚の匂いがするよ

深海で、天使の溺死体とすれ違う
清らかな青銅色のほほ、魚の瞳をしている君は【innocent】




夜のレモン。
僕は祈るように君を盗んだ。

鼓笛隊が、追いかけてくる、ブリキの、葉巻をくゆらせ、
大麻の香りのする少年たち、老婆のように白髪になって。




夜のレモン。
土砂に埋もれたやわらかい指、果肉

生きている子は、いないか?レモンは無念の、果実
口の中の、茶色い奴らが始める、21世紀の土木工事




夜のレモン。
傷口から生まれる宝石、娘よ

僕は、虎の猛々しさで、
骨のような音を立てて、レモンを齧って、みせる。
君は絵本を閉じて、堤防の向こうへ、落ちてゆく。
君は目に見えない階段をわざと、踏み外してみせたんだ。
冬に、なりました
これで終わりです
確かに終わりました
世界が、見えました
世界は、こっち、でした。




夜のレモン。
死、は、願いを光らせる

君のいない、このまちは、すっぱい匂いのする泥の海になった。
じくじくと腐りかけた夜のレモンたちが
海面からつるん、と顔を覗かせる
堅く閉じた、こどもたちのまぶた
なぜこんなにも、ごつごつと、緑色で、
デスマスクのような、ぶ厚い皮でおおわれているのか?
渦を巻いて、とぽん、
と藍色の排水路へ消えてゆくオト。




夜のレモン。
緑色の娘よ、
夜のレモン、とぽん。

僕は堤防に腰掛けて、うたいはじめる
君に伝えたいことがある、
身体、を、もてあます。
キミニツタエタイコトガアルカラダ。
もっともっと
キミニツタエタイコトガアルカラダ。
君に伝えたいことがある、
身体、カラッポ
 ダ、カラダ。




夜のレモン。
逢瀬は、朝。

ガラスの階段が中空に伸びてゆく
海の中から、薔薇色の朝になって
君がもう一度、生まれてくるまで
待っていてほしい、
緑色の女よ




夜のレモン。
眠い。「渦病」。途上。

幻肢痛、マボロシノイタミ
腕も足も指も欠けていないのに痛くて。
僕は、
僕たちを抱きしめながら、
重金属の虹のように横たわるゴトリ。
緑色から灰色に変われ!
僕たちは錆びついた、
夜のレモン。


『朝になれば、』


光りの中、僕は
もう一度、祈るように君を盗む、だろう。

逢瀬は、朝。
逢瀬は、朝。


『まぶしいの、スキ、なの?』

「うううん、まぶしいの、キレイ、なの。」



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【Thanks to】
・『天』●天和通りの快男児●(18)福本伸行 竹書房
    『無念が「願い」を光らせる』
       死の際の主人公、赤木しげる、の言葉より
・「終わりのない始まり」 北村太郎
・蘭の会 2004年 11月号 http://www.os.rim.or.jp/~orchid/
・メルマガ さがな。七十九号http://sagana.reply-jp.com/
【BGM】「ロンドン」by Blanky Jet City
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自由詩 『夜のレモン』 Copyright 川村 透 2004-12-08 00:03:57
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