object
水町綜助




あのあと
春へ向かった傷あとが
まだ桜色なので
熱をもって
おぼつかない
唇の舐めかたが
やさしいのか
つめたいのか
この生暖かな季節ににた
この体温が強く
開くかもしれない
縦筋のくち



一匹の

晴天の下で抱かれた
鳴き声は高らかに
高らかに三階から
天井の空を見上げるように
しろいのどもとを晒し
水溜まりのように
春の青に溶け込んで
もう行き先がわからなくて
遥か、という言葉が
身に
つまされるように



「いきてしまった」
その言葉
それぞれの母音に綴じられた
点と点
そのあいだ、
指で開くとはじまる
距離のあいだ、
に、形どった日々へ
目を落とし
日々をつたう
色をだれかにきかれ
こたえるなら
なに色だろうか
それはひょっとすると
色を映し込んでいるのかもしれない



なぐりがきされてしまった
それは、読むことができない
書いたものでさえ
何を書いたか忘れてしまった



完全にひめられた
かつてあった意味
かつて意味があったかどうかも
なくし
ところどころくるりと巻いた
文字のような線



一本の横線
何回も引くことを練習し、そして練習された
あの線のことだ
その上にはあのゆううつな
カーブの多い言葉と
そのアールにみあった遠心力が
なにかしらを寺院の回転経のように
一見美しく回して
行儀よくひとつのタームを繰り返す
そして風呂敷をひろげて
品を陳列する隊商よろしく、
やわらぎはじめた陽射しにあふれた、
この大通りにならべたてる
人々は行き交い
重なる夜と、夜にある
このあたたかな季節を前に
言葉はつぶやく

春の桜は
好きじゃない
もっと言えば
生臭いから春が好きじゃない
手で掬った海水を
ほんのすこしだけ
口に含んだときの
馴染みかた
その馴染みすぎる違和感は
嘔吐の前にあふれる
生唾の味と温度に
似すぎているとろみのある透明感
それが豊かだなんて誰の口から発せられたのか?
だから、馴染んでいるから
この水の満たされた水槽の中での
体温のわずかな違いが
はっきりと感じられるのだ
その摂氏一度、何分の差は
どれだけ冷や水をあびせても
どれだけ火をくべても
埋まることはなく
身体を捨てても
尾を引いてまた水に濡れる

死んで落ちた春の雨しずくの
輪郭が保てないあの
張力のない水に
馴染んでしまい
馴染んでしまうのに
咲くことはない
いくつものタームが
もう、身に染みてしまっている




がらんがらんと
つり鐘はならされ
頭上に広がった余白を気付かせた





一匹の

晴天の下で抱かれた
鳴き声は高らかに
高らかに三階から
天井の空を見上げるように
しろいのどもとを晒し
水溜まりのように
春の青に溶け込んで
もう行き先がわからなくて
遥か、という言葉が
身に
つまされるように

一匹の

晴天の下で
いだかれた
その鳴き声は
高らかに
高らかに
三階から
天井の空を
見上げるように
しろい
のどもとを
さらし
水溜まりの
ように
春の青に
溶け込んで
不意に
ふりだした
雨を受けて
ちょうどこの
得たいのしれない
暴風の空を
連続写真の
雲が
北から
南へ
胸さわぎのような
はやさで
ながれるさまを
ただ口をあけて
ぼたぼたと
雨を飲むような
気持ち
のどが、乾いている

もう
いくつかすぎると
やってくる
どうしようもない
温度で
摂氏一度、
何分を
溶かして
肌のきめに
塗り込めて
こがして
忘れる
時間にかわり
遥か、
ということが
身につまされるように





自由詩 object Copyright 水町綜助 2012-05-22 00:05:28
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