もうひとつの夫婦の肖像画
石川敬大




   《鯉がたべたい》
   と、言ってあまえ
   まったく隙だらけ
   そのくせ自意識は役者なみの
   あのサムライ
   かれは
   前世のぼく
   なのじゃないかとフッとおもう

   おんなのため
   おんなとふたりで店をやるため
   と、見栄はって恰好つけて
   剣を習い
   新撰組に入隊
   あげくのはてには斬り殺されてしまう
   あわれなおとこ

   《ソノ》
   最期におんなの名をひと声つぶやき
   いっしょにとるはずだった
   夕餉の
   鯉料理を
   おもいうかべながら静かに果ててゆく
   あれはまったく
   ブザマこのうえない
   ぼくの姿にちがいない


        *


   血まみれの夕陽が宵闇に置きかわるころ
   夕餉をおえた
   ぼくら
   シンクの前で
   現代の《ソノ》は水をつかう

   次の世も
   またその次の世も
   愛するもののためと朝餉の支度をするだろう
   シンクの前で
   現在の≪ソノ≫は水をつかう




自由詩 もうひとつの夫婦の肖像画 Copyright 石川敬大 2012-05-08 14:31:09縦
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