音に棲む
石川敬大




   水々の声をきいたことがある


   うめきに似た
   くるしげな
   声にならない
   声になるまえのだれかの


   花々の声をきいたことがある


   耳なりかもしれなかった
   虚空にあるひとの高さで電線がなっていた
   地虫かともおもったが
   おさないぼくが耳のなかで泣きつづけていたのかもしれなかった
   あの初秋の蝉のせつなさで


        *


   かたい鍵盤を跳ね
   五線譜の鉄路をゆくと
   姿をなくしても列車の音は走りつづけた
   寒い荒波をまえにした海岸で
   キリの刃で腹といわず顔といわず斬りつけてくる風にふかれていた
   五能線のどこかの駅舎から歩いてきたのだった


   女の傍らに
   息子は影すらみあたらなかった


   感情のない空に音のない月
   パウダー状の黄色い砂がふっていた
   きこえない泣き声が
   ふれられない天の高さからふってくるのだった


    ――そのときだ
   蝶の羽音がきこえてきたのは


   だれかがふりかえる
   砂はものの背後にあって
   声はどんな熱も発することはなかった






自由詩 音に棲む Copyright 石川敬大 2012-05-02 12:14:44縦
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