マトリョーシカ
ただのみきや

いつも表情を崩さない
お利口な君のこと
そりゃあ嫌いじゃないけれど
中身をちょっと覗いてみたくて
  一刀両断! 
スパッとやらせていただきました

中ら出たのは意外や意外
小粋なドレスとガラスの靴で
カボチャ野郎の頭をリフティング
おもいっきりスタンドに蹴り込めば 観客は総立ち
トンボを切ってはドレスの裾をちょいと上げ
君のお辞儀に観客は湧きかえる

こんなに派手なパフォーマーとは知らなかった
面白いからさらにスパッと! 

おやおや今度はヤバそうだ
若侍のいでたちはなかなか憂いで宝塚
しかし後ろには介錯人 君は辞世の句に挑むのだが
読むと やっぱり気に入らない 何度綴って読んでみても
必死にこらえていた介錯人が ついには吹きだす始末
そり上げた額を赤くしながら 君は生きている
切腹の準備万端整えて イライラと生きながらえている

これではさすがに気が引ける
パカッと開いてもっと中身を覗いてみよう

辺り一面漬物樽だらけの古い町並みに漬物臭い風が吹いている
見ると女ばかり少女から老婆まで漬物作業に明け暮れている
突如君は樽から漬物石を取り上げて叫びだす
 「世界はこの中にある! 」
君の叫びに女たちの心はさざなみ立ち
ついに暴動を引き起こす
狂乱状態に陥った女たちは手に手に沢庵や糠漬けをふりかざし
襲いかかってくる
だが君は屈することなく叫び続ける
 「世界はこの中にある! 」

好奇心にはかなわない
今度は何が出てくるやら それ パカッ と

幼い君は家族と食卓を囲んでいる 両親 兄弟 姉妹 祖父母
電球のほの暗い光の下で箸や皿が音もなく蠢いていた
会話は止めどなく続くのだが 家族の顔は一つもない
顔だけが街角の悪戯されたポスターのように剥がされていた
君はそこに居ながら留守のようで ぽつんと膝を折ったきり
視線は落下したまま凝固していた
やがて家族の会話は幾重にも繰り返され
群衆の声のようになりぐるぐる回り始めた

なんだか気分が悪くなってきた
まだ中に何かあるのかな 

見たこともない真っ黒い動物が暴れている
震え唸り牙をむく 決して人に馴れはしない本性
これが君のコアなのか うああ噛付いたぁ!
ちょっと待て まだあるぞ 真ん中につなぎ目がある
確かめてみよう 動くな動くな それっ と

 人形 ではなく 少女だ
透けるような 淡く光を放つ肌
見開いた目は瞬きもせず、微動だにしない
だがその瞳の向こうには純粋な霊が宿り
無限の感覚器官はブラックホールのように
すべてを見つめ すべてを聞き すべてを感じ 
吸収し続けていた
まったく無反応に見えながら その瞳の向こうに
宇宙誕生前の秩序と混沌がせめぎ合っているのだ

その時 ぼくの中に禁断の欲求が芽生え
それはあっという間に巨木となり甘い実をつけてしまった
ぼくは急いで君の殻を一つ一つ着せ 重ねて行った
そして外側まで終わると 何食わぬ顔で 
いつもとは違う不安げな君を後目に逃げるように遠ざかった

出来心だった
だがそれに抗うことが出来なかったのだ 
ぼくは あなたの少女「純粋な霊」を盗み出し
自分の心の奥の小部屋に隠してしまった
それ以来 君は虚ろな心を抱え続け
ぼくは苦しい秘密を抱えたまま
君を監禁し続けている


自由詩 マトリョーシカ Copyright ただのみきや 2012-04-03 23:12:25
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