玉乗り
こうだたけみ

烏龍茶の泡が残っているグラスの中で
蛍光灯から降ってきた羽虫が一匹
玉乗りを披露する
懐中電灯のスポットライトを当ててやると
灯りめがけて飛んでいってサーカスは
終わってしまった

ノミのサーカスの調教の話をしていたっけ
どうしても短く見えてしまう指で
眼鏡の小ネジを切ってくれたっけ
ありがとう
いちばん賑やかな夜だった

いつだったか昔サーカスを見たことがある
後楽園に作られた特設テント
長蛇の列は覚えているのに
内容はさっぱり思い出せない

友だちがゴムボートに乗って流されていく
私は半笑いでそれを見ていて
大人たちが砂利だらけの河原を裸足で走っていった
彼女はなぜ降りようとしなかったのか

階段を降りていると
途中でめまいがする
次に足を乗せるはずの段がなくなって
転がり落ちる感覚

私はいつだって
落ちる
と思っていても止められないのだった
だから
流されると思っていても止められないのだった

例えば偶然あたった手をそのままにしておくとか
言葉が出てくるまでじっと待つとか
積み重なった分だけ嵩張るわけでもなくて
忘れられるのは幸福らしい

私は二人でボートを見送ったつもりでいたが
一緒にいたはずの人はそこにいなかったという
私の記憶にない水溜まりで
遊んでいたんだという

そういえば
火の番ばかりしていた男の子は
本当にもういなくなってしまった

朝起きるとランプの中には
どこから入ったのか羽虫の死骸が積もっていて
夜には雨水の重さでたわむテントの内側を
指でなぞっては寝つけないでいたことを思い出す

ゆらゆらと
大人たちの影や笑う声が聞こえて
サーカスがやってきたんだ
私の気づかないうちに



自由詩 玉乗り Copyright こうだたけみ 2012-03-31 00:11:27
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