読むあなた
ただのみきや

どこか静かなところへ行きたくて
あなたは本を開く
ぼくはすでに
本当に苦しい時にしか飲んではいけない薬を使い果たしていた

時は残酷ではなく むしろ紳士的な優しさで
少しずつあなたを 分解して塵へと変えてゆく
ぼくは夢の中の夢から覚めるときの
逆さまに滑り落ちる感覚をすでに知っていた

あなたの顔に美しいしわが刻まれてゆく
いつまでも本を読み続けるあなたはぼくの夢だった
ぼくらは決して出会うことのない
互いの心の鏡に映し出されたイコンだった

あなたが読む詩の中にぼくがいた
ぼくの書く詩の中にあなたがいた

誰かが安売りの哲学の爪で
美しくささやかな世界の壁紙を剥がして行った
すべてを偏った現実の粗悪な複写に変えようと
断片的な知識で肥大した頭から幼児の癇癪が噴出していた

ぼくには 彼らを殺す権利はなかった
ぼくは涙をながし あなたは読み続けた
             読み続けた
             読み続けた

白髪となり年老いたあなたのまわりを闇が取り囲んだ
ぼくにはもうぼんやりとした影しか見ることができなかった
若きあなたは新しい朝を迎えていたのかもしれない
一冊の本を読み終えて 今 新しい本が開かれる

あなたの読む詩の中に もうぼくはいなかった
ぼくの書く詩の中に あなたの影だけが残っている



自由詩 読むあなた Copyright ただのみきや 2012-02-11 23:07:51
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