食卓

海が壊れていた




卵を殺す
そんな思いを込めて
卵を割り 殻を捨て
気味の悪い液体を調理して
美味しそうな料理を生み出す

それが人という生き物だと
テレビの中に並べられた書物が言う

知識がもたらした豊かさの中で
背中のかゆみに耐えかねて 
考えるのをやめる二月の午後
その全てを包み込むようにして 海は壊れていく




泳ぐのが死ぬほど嫌いであるのに
波間に漂う自分を思い浮かべてしまうのは何故か

空腹が 
仰向けになった体を浮かす
遠くの島からは 
親鳥を失った卵が
いくつもいくつも もがきながらこちらへ向かってくる
何匹も何匹も 鳴き声を殺したまま向かってくる

気が付けばそこには
この午後を焼き尽くすかのような夕日

今夜は薄味のサラダが食べたい
ぼんやりとそんなことを思いながら
背泳ぎで元居た場所を目指し始める

泳ぐのは死ぬほど嫌いであるが 食べなければ生きてはいけない




+


あなたはもういらない と
誰もが声に出さずに言う
言い返す気力すら無いまま ただそれに頷く

あなたを食べたいです と
誰かが声に出して言う
聞こえないふりすらせずに ただそれを無視する


+




夜が来て 朝が来る
朝が来て 夜が来る
カーテンの隙間から 壊れた海を覗く

台所でゲーム機が
玄関で携帯電話が
廊下で目覚まし時計が
それぞれやかましく音を立てている

ベッドにはフォークとナイフ




やがて来る眠りのことを考えながら
会いたい誰かを思い浮かべようとする
それを滑稽なことだと 誰が言えただろう

浮かばない顔の向こう側
空っぽになった腹の底から 間抜けな音が鳴った









自由詩 食卓 Copyright  2012-02-11 05:00:59
notebook Home 戻る  過去 未来