バリにて、カメラマンK氏は
石川敬大




  チャイ屋の少年ラムクマールは指先で
  その裸の指先で
  皿やカップの料理を食べる
  コツをかれに教えてくれた
  ふるくからの言い伝えだと話してくれた


       *


  しなびた乳房を子に与え子を喰らう老婆ランダと
  全身に鏡の小片をつけた獅子いく度倒されても復活する聖獣バロン
  ふたりの神の
  いつ終わるとも知れない善悪の死闘を

  島での
  はてしない戦いを取り囲む群衆のくらしの
  そのなかのひとりである
  少年は
  青年から壮年
  年老いても
  舞踊じみたその神の戦いをみるだろう
  そしてついに
  決着をみること叶わずに
  見届けるものがだれなのか与り知らぬところで息をひきとるのだ
  だれもがそうなのだとアッケラカンと話してくれたのだ


       *


  三年後
  かれの記憶の地図にある
  チャイ屋にラムクマールを訪ねるが
  店のどこにも姿はなく
  生死と
  その後の行方
  店主もボーイも
  だれも杳としてわからないと口を閉ざし首を横にふるばかりで


  残照のなか
  茫洋としてカメラマンK氏は
  テーブルに置かれた商売道具に寄り添ったティーカップの
  あまいチャイを一気にのみほしたのだ






自由詩 バリにて、カメラマンK氏は Copyright 石川敬大 2012-02-05 10:14:49
notebook Home 戻る  過去 未来