salco

目を瞑っても嫌な事はそこに在る
目を瞑っても轟音からは逃れられぬように
耳を塞いでも恐ろしい事は起こっている
耳を塞いでも嗅覚は異臭をとらえるように
鼻をつまんでも根本事由はごまかせない
鼻をつまんでも吐き気をもよおすように
口を塞いでも人に沈黙はない
口を塞いでも心は殺せぬように
そして地団駄を踏み隠れても
世界はなくならないよ

バカづらもバカ笑いもしないのは
伝説的人物みたいに賢明だからではなく
単なる意識過剰のせい
君の神経はその部屋の空気や人口密度に
ぴりぴり震え張りつめる
君の心は眼前の人の背後に先回り
四メートルの向うから自分の歪んだ笑いを見ている
君は余りに臆病なので
言葉の武装を解除しない
とっても傷つき易いタチなので
心を人に語らない
心情とやらをぺらぺら吐き散らす神経壊死の口臭
俗物が平気で上げる泥水をひっかぶるのが嫌なので
神秘のオーラをコート代りに羽織っている
誰にも指を立たせないよう
いつも壁を背にして立っている

君がほとんど寡黙で通すのは
話す事が無いからでも
本当に話下手だからでもなく
ただ下劣な応答にうんざりしたくないからだろう
ハキダメに鶴がいるように
鶴の周りはいつもハキダメだ
どこでもいつでも無神経と無礼と無理解が群れている
何でこんな所に降り立ったのか
そうじゃなく
君がこうしたハキダメに湧いた者なのに他ならない
ある種の孤独は自身から湧くのではなく
こうした人々を
生涯相手にせざるを得ないという事情に来ている
詩人の悲劇はそこに在る
だってお前の母ちゃん見てみろよ…
才人のばら撒く作品を手にするのは神々でも偉人でもなく
「貴様は一体ナニ様のつもりだ?」
と眉吊りあげるハキダメなのだ

何故こうも世の中はつまらなく
何故こうも毎日は事もなく過ぎて行くのだ
興味は年ごとに一枚一枚むしり取られて
とうとう君は目を逸らし窓から離れる
すると今度は女房がまじまじ目をのぞき込み
冷淡な男の犠牲になった豚肉への関心を要求して来る
つまり奉仕に対する感謝感激と待遇改善の督促だ
ああ、
年ごとに愛が冷めて行くのは時間のせいで
この不幸な女のせいじゃない
どうして毎日がこんなに輝きの失せたものであるのかも
君の視力過剰のせいじゃない
虫めがねで物を見るには若過ぎて
望遠鏡で世界を見るには年を食った

思いに沈む君の足元では
玩具の車を走らせながら
幼い息子がミロの唄を呟いている
この子にまだ在る背中の羽根と神々の世界に
君はすっかり磨り減った永久歯で
絶望に似た嫉妬を噛み殺す
口の周りに牛乳髭を生やし
ソースやパンくずを散らかしながら
親父に向かって回らぬ舌でピーチクさえずる小人族の
手札の数に君がようやく勝るのは
ゴミと積まれた語彙ぐらいのもの
経験に勝る無垢があり
論理に勝る衝動があり
君の詩才も三歳児のインスピレーションには敵わない

家庭を持つのは良い事だ
家族といるのは居心地が良い
けれど時々君はやはり
九十センチ平方の孤島に立っている自分を感じる
イビキやオナラを聞かせても
生涯の伴侶にすら
決して見せない地所が君にはある
それは過去の沙汰でも昨夜の浮気相手の声でもなく
極めて陰険悪質な性格の一面でも
腹に隠した性的嗜好でもない
心の片隅で呟き続ける孤独の言葉を誰にも聞かせないのには
ちゃんとした訳がある
それは決して言葉にならないし
誰にも解決できないからだ

朝方の眠りに覚える寒気は身を起こし
もう一重の毛布を要するものでもない
体温よりも一度だけ低い孤独を人は飼っている
それは檻の中から決して逃げようとせず
とても澄んだ声で君の為だけにさえずるし
その旋律に耳を傾けるのも悪くない
けれど時々やりきれない
暗闇に取り残されて
年だけ取った赤ん坊が老人の顔で泣き喚いている
時々そんな風に感じられる
それは早く死にたいと言っている風でもあるし
まだ死にたくないと訴えている風でもある

ところで君は何に固執して生きているのか
まさかこの先何か
望ましい事が起こるとでも?
レールの継ぎ目の震動が?
外界に対する執着を全く感じなくなっても
君にはまだ生きながらえる理由があるんだよ
しかし自分と向き合い続けるというのは
往々耐え難い賽ノ河原じゃないか
こんな死体みたいなお荷物を
しかも生きている限り曳きずらなければならない
そして君のは他人のより
僅かに重いのかも知れないが
到達点も示されぬのに重荷をずるずる振り返れば
足跡一つ無いのだ
ただ遥か前方には
人生をすっかり習慣化したもう一人の君が
半透明の巨人よろしく穏やかなバカづらをして
うたた寝しているのが見える
あれこそは生が付与する至高の境地と言わんばかりに

それはそうだ
一つの生が終った後に残るのは
生活の残骸と色も褪せた作品群で
反吐と血反吐にまみれて来た魂ではない
ああ、
と君の役立たずな溜め息が洩れる
俺は一体こんな所で何をしているのか
徒労の苦悶が君の舞台だ


自由詩Copyright salco 2012-02-04 00:07:39縦
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