永久凍土のバーゲンセール
salco

産婦人科の待合室には
アヒルみたいにヨタヨタ歩く満腹の妊婦達の他にも
スーツなんか着こなして
生真面目に思いつめた石女達が列を成している
コウノトリを生け捕りし
キャベツに頭を突っ込んで
夫を1?残らず搾り上げたのに
いまだ孕めない女達
お前の子宮は石で出来ている
お前の卵巣は腐っている
お前は女の不良品だと
生まれた世界に嘲られ
無用な乳房を嗤われ続け
生まれて来ない子の為に
毎日弔いの悲嘆に明け暮れている
親になりたい病を患い
人並の人生という鑑札を乞い
領有する時空の欠落部分に子という充填剤
あるいは君主をあてがおうと
ひねもす狂奔している


「これは生物学と医学の勝利でありましょう!」
受胎の秘蹟は電子顕微鏡の下で行われる
試験管ベビーは畜産技術の応用だ
まことに牛の卵細胞こそは祝福されてあれ!
ひん曲がって詰まった輸卵管や
子袋の荒れた畑土の為
あるいは
過疎・鈍足・虚弱な精子達の為に
卵巣から直々に採卵し
針で細胞膜に穴を開け
厳選の有望株を裏口入学させてやり
適温下の試験管で胚を分裂させ
ピペットみたいな輸送管で護送し
子宮に着床させてやると言うのだ
今や子宮は他人で代用に足る
ゲロブスに腹を借りても遺伝の恐れは無い


石女達は頬を紅潮させ
開かれた未来の歓喜
不等な人生への復讐
双頭の切望が果たされる日への期待と不安にわなないて
診察台の上から降り
足運びに気遣いつつ明るい出口へと向かう
そのスリッパ履いた足の下
ワックスと蛍光灯にテカる床の下
中絶天国の下水管を
断たれて掻き出された胎児達の血が消毒液と共に流れ
容器に人れた傷だらけの骸が裏口から
胞衣えな屋の手で今日も運び出される
誰にも歓迎されず
臍の緒を断ち切られた厄介者達は
人間仲間の墓にも入れず
地を汚しもせず
忘れじの生ゴミとして人知れず焼却される
存在をさえ否定されるべき者達に
この世の居場所があろう筈もない


世の中には様々な親の予備軍がいて
彼らは全て無審査・無資格で親となり
工場廃液のごとく子を世に垂れ流し
その俗物根性で我が子に日々
鋳型に適う入れ知恵をする
人並か並以上の人生設計で
よかれよかれと歪めて行く
子は子として愛され囚人として苦しみ
復讐の季節に向けすくすく育つ
親は親として愛し看守として苦しみ
面罵と裏切り、姥捨てを待つ
産声を上げる子 上げない子
良い子 悪い子 要らない子
道程の険しいほどに気高く燃ゆるアルピニストのごとく
機能的欠陥の克服と
愛玩への飢渇を募らせた者達は
手段選ばず金額問わず
己が遺伝子を有する未来を求め
病院という病院の廊下で
シロップ漬けの可愛い我が子をうっとり夢に描くのだ
ドブネズミの胎児みたいに始末され
あるいは運良く養護施設に掃き捨てられた
何万もの今在る子達には目もくれず
「あら。だって私は自分の子を
 そんな目に遭わせたりしないもの」


自由詩 永久凍土のバーゲンセール Copyright salco 2012-02-01 22:42:42縦
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