虫の女
salco

ああ
それはあなたを思い過ぎて変わり果てた私の姿
月光も凍てつく森で
樹液すするあたしは虫の女
         
           〜 パンク蛹化の女  戸川純



 滑久慈爛子のゑいせい日誌 より

十月十八日

嘆くのは止したわ。
総ての鏡を割ってしまえば、それは顔を剥いだのと同じ。
あたくしに既う、顔は無い。
左手首のガングリオン。尺骨の突起を二つ重ねたよう。
貴方があの夜、強く握ったからよ。「付き纏うな」と云った、穢らわしい
賤奴の貴方。

針を刺して押し出せばたちどころに消える。
かかりつけの先生は仰ったけれど、薄い嚢に包まれた、透明な中にも透明な
コラアゲンの滲出液は、一夜の記憶が形成した胚。
毎夜手首をランプにかざしてあたくしは、胎動が生ずる時を待つ。



十二月二十五日

聖夜。
長血が続いている。血まみれのお蒲団に寝そべって書いている。
食べるのは干葡萄だけ。
嚢胞はピンポン玉の大きさになった。あたくしはどんどん痩せて行くのに、
成長が遅いのではないかしら。真実は、
あたくしが立てる匂い以上の真実がある?
血そのものは、滴る感覚も幻なのかも知れない。だってこれは肉体の悲しみ
でしょう? 絶望も目には見えない。
御返事下さらないのね。貴方は幸せ? あたくしの事は既うお忘れ?



十二月五十八日

雨。
人間の性は好奇心、探究心。それは解剖と解析、解体に向かう。それから
加工の過程に入る。
切開すればするほど苦しいのは、人体というものが凄い臭気を立てるから。
家畜の解体のようには行かない。
血の匂いは同じだけれど、筋肉も内臓も、骨髄も酷い匂い。
殊に貴方は酷薄な男、身も心も汚れているから尚更よ。
そんなものには慣れたくないの。香水を染ませたハンケチを鼻腔に当てて、
貴方の内容を腑分けしている。
行動原理と行動様式の糸を一本ずつ、こうして繋げて行けば、必然が全体像
を結ぶはず。
そうして十指に絡ませる。

この子は小さいままだけれど、確かに胎動を打ち始めた。
貴方は父親にならなければいけない。
あたくしは貴方の血脈に仔を通じた。逃げても無駄よ。


自由詩 虫の女 Copyright salco 2012-01-22 22:52:39
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