十八歳の犬
榊 慧

 「俺は自分が青や緑やとにかく寒色のものを着ると、ただ具合が悪そうな人に見えるということに十八歳になった日に思い知らされたんだよ。」
その日に赤いセーター二枚も買ったんだ。

 十七歳も今思えば色々あったね。今思えば、本当に色々あったな十七歳。
 高校を中退して、バイト始めて、美術教室に通って、バイトやめて、高認取って、専門学校に行って手に職つけようと思って、それをやめて、芸大目指そうと思って、閉鎖病棟に保護入院して、退院して、色んな欠陥や障害や病気が見つかって、それまでに左腕に傷跡を作ったりも、右手の甲にも傷跡作って、同人誌も参加して、同人誌は色んなところに参加してみたいという思いもあるし、色々やりたいとも思った、援交もした、ヌードモデルもした。「理解って難しいものなんだね。だからみんな求めるんだね。」
 友達を作りたい。あんまりできない。だれか。
 「もう大人の仲間入りしちゃったよ、どうしよう、もう十八歳なんだよ今日から、どうしよう、」どうにも出来ないことは知っていた。早く死ねばよかったんだろう。でも生きているから死ねはしない。死んだ人はいない。かつて生きていた人はたくさんいる。でも死んだ人はいない。死んだから。

 「よく今までグレなかったと思うよ。ほんと。人に言われてから思ったんだけどね。」死んでもよかった。凍死してもよかった。正岡子規は大分むかしに病死した。高杉晋作も大分むかしに病死した。伊藤博文は長生きしたあと死んだ。カダフィー大佐はリンチされて死んだ。リビアのある青年は焼身自殺した。俺は自殺しなかった。「何故かは分からない。」「意味は分からない。」
 気がついたら生きていた、人は生来マゾヒストだと言う考えは今でも変わっていなかった、お前はマゾヒストだと言われた、自分のことは好きじゃない、群青色が好きだ、青磁色が好きだ、夜の暗さが好きだ、
 冬だった。いつも冬だった。これからも冬だ。
 
 駄犬のような生き方だった。言われた嘘もそのまま受け入れて真に受けた。何もかもを真に受けた。これからも。そういうものらしい。逃げられない。逃走したい。逃げられない。誰も俺を逃がすことは出来ないし、俺が逃げたいと思っても逃げることは不可能なものらしい。らしい、と、俺は思っている。人も、そう思っている。人は、生来マゾヒストだ。
 夜、暗い、細い道を彷徨った。倒れた。民家は動かなかった。民家が続いていた。駅の近く、夜の商店街の客のいない居酒屋、店員に挨拶された、俺は薄いパジャマで裸足だった、冷たかった、真冬だった。「何だったんだろうね」酒を吐くほど飲みたい。
 
 タバコの葉を食べなかった。食べようと思っていた。いつでも食べれるようにしている。

 蒸留酒を吐くほど飲みたい。十五歳のとき飲んだ高そうな日本酒は癖が無かったように思う、酎ハイは飲んでも、焼酎は飲んだことがない。ビールは嫌いだ。家では真面目な子だから、飲んだことないんだ、アルコール。家では。
 
 元彼から誕生日おめでとうとメールがきた。友達からも何通かきた。元彼女はもう縁を切ったので知らない。元彼は今では友達だと思う。好きだった子から正月明け遊ぼうとメールがきた。本当に好きな子だった。今でも好きだ。元同級生だった。ものすごく仲が良かった。あのときは十五歳と十六歳が少しだった。十六歳が少しで離れたのは、俺が県外の学校の寮に入ったから。転校してからも、帰省したときに遊んだ。中退したあとも、遊んだ。十七歳だった。
 
 本を読めていない。駄目なことだ。なかなか集中力が続く環境がない。狭い家には自分の部屋はない。テレビの音から何もかもが響いてくる、狭い小さな家だ。小学校のとき、集団登校の集団に家の前でじっと俺が出てくるのを待たれたことがある。俺の住んでいる家が「めっちゃぼろい小さい家から出てくるやつがおる。」という理由で。下校時も似たようなことがあった。そんなことはどうでもいいのだけど俺は集中できないことに小学生の時も十七歳の時も困っていた。人がいるのが駄目らしい。今日十八歳になったらしい。
 
 むかしの散文も今の散文もさして変化などしていない。死にたいがとれなくて困っているだけの散文。人間関係は多少変わった。それだけだ。簡単に死ねそうだと思っていることも変わらない。倉庫は更地になったあとしばらく放っておかれていたが今家が建とうとしている。更地が無くなってしまうことが悲しい。
 十八歳、すぐきてしまった。俺は「理解」のことをよく知らない。きっとどうでもいいものだ。ゲーテは怖くて読めないまま、中身のないまま、


散文(批評随筆小説等) 十八歳の犬 Copyright 榊 慧 2012-01-03 18:44:42縦
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