はるかなひかり
水町綜助

さえぎるか光を
くるんで
やわらかく
綾の隙間から
洩らして
細かく広がらす
カーテン

何色の
覚えていない
光は
白く
覚えている
きみの輪郭を
白く飛ばして
放射状に
飲み込まれて
気付いていた
失われていく
体の縁を

まつげを
撫で下ろすように
伏せて
すべて安楽した
静寂の中に
降り積もらせる
しんしんと
スノードームみたいな眼


わたしが死んだら
ぜんぶなかったことにしといて

なんとなく残り香
感じられるのも
しんどいから


冬の空気の匂いは
けして青くない
白い匂い
雪ではなく
白い息でもなく
綿毛のように
柔らかく暖かな
もちろんそんなものでもない
残酷さというものが、床にひとつ

生きることの中に
横糸のように
織り込まれる
諦めることが
綾をなして
すこし赤みのある彩色の
布を織り上げて
諦めはやさしく
見せかけて
ただ白い
この太陽が射し込む
日々の降り立つ
地面に
俺たちが立ち上がらされた
地面に
俺たちのおうとつが
ここに明らかにあることを
光はあらわにして
かなしさの細部を
たとえば継ぎ目を
たとえば果肉を
その艶と繊維を
目の当たりに
焼き付ける
こんなときばかり
眩しさは
なくて





君のこと見るときは光に飛ばす





標高1300メートルの病院で人が死んだ
俺じゃない誰かの
とても大切な人だった
ちょうどそんな陽射し
冬の
明るすぎる白い光が
高原に降り注いで
糸杉の幹から何本も伸びては
折り重なる枝を透かして
オレンジの瓦葺きの古い日本家屋の教会に
その窓辺に射し込まれた

葬送は密やかに
司祭は聖杯とパンを手に
ブドウ酒を血として
パンのひと欠けを肉として

あなたのために
主、イエスキリストが
流した、血

そうささやいては
参列者はブドウ酒をひと口ずつ飲み
パンの白い
ひとかけらを
よく噛んで
飲んだ

聖杯はひとつ
パンはひとつで
すべてはひとつになるという
弔辞でひとりの女性が
なぜあなたに
神はこんな病を与えたのだろうか
と問い

神はこの病を
あなたにもたらし
その死をもって
神の栄光を明らかにする
と続けた

俺にはその言葉の意味がまったくわからない
ただ、教会の窓から射し込む白い日射しと
それをもたらす
糸杉の輪郭を精密に黒く切り抜いた
白い空をぼんやりと見ていた
そして光のもとに
否応なくさらされる俺たちの日々と感情のこと
それと肌のおうとつ
目を凝らすと見える
その肌理ひとつひとつと
隔てる溝
そして肌の皮脂が光を受けて放つ
虹色の燐光
そんなことについて考えていた


いつかみた
現象でしかない光は
あるとき俺を救った
しかしそれはけして
太陽や神様がもたらすものではなく
誰かと誰かの間にあった
ひとつの些細な出来事で
それはどこか一点に収束していく類の光ではなく
ただそこに漠然とある光だった
強いて言えば
なにも照らさず
それで見えるものは
なにもなかった
むしろなにもかもを
ひかりの中に飛ばし
輪郭も
すべての事細かなディテールもかたちをなくし
真っ白な視界の中で
ただなにもかも無感動でいられるひかり
つまりこれは闇にちかい

涅槃っていうものがどういうものかしらないが、
それをいま言葉にしろと言われるなら
この光のことをはなすだろうか

この光は
火を見つける前の
闇にちかい





夜、T市
そのひとの死んだ町
僕はそのことをすっかり忘れてしまって

ふと通りがかった街の
立体的な肌を
高台から見下ろしたとき
鼻先をかすめるほんのすこしの香り
それと
まぶたを閉じると血の赤色が感じられるくらいの
やわらかい陽の光
だれかの名前をくちにしたとき
そんな色の光だよ
とつたえたような気がした
あのつよさだけ
それだけが感じられる
そのほかは全部
あの、
いつなんだろう
洗濯をした午後
いつ
そこに開かれたベランダ
カーテン
同化していく
輪郭とその名前
その前後のない記憶
のようなものの中で
その光をみた気がした
僕は
きみの
すがたを
わすれ
かお
をわすれ
名前を
わすれ
香りをわすれ
ただ
きみの
はっした
はっして
僕がうけた
闇ににた
ひかり
だけを
すべての出来事がかたちを失って
穏やかな静けさに包まれ
きみはただすべて消して
きみも消えて
僕は町を抜けて
白い冬の曇り空をみて
うすい雲が太陽の強すぎるひかりを包んで
白く発光しているのをみて


なんだろう
まぶしいな
これはなんの
ひかりなんだろう

と、つぶやかず思って




























自由詩 はるかなひかり Copyright 水町綜助 2011-12-12 08:41:10
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