オッペのひと
恋月 ぴの

息を切らしながら山道を登っていくと
薄暗い脇道から片目のポインターが飛び出してきて
びっこの前脚で器用に跳ねた

どうしたらよいのだろう

何かの病で左目を失くしたのか眼窩は
底知れぬ闇夜の存在を表しているようでもあり

たとえ走って逃げたとしても追いつかれる

立ちすくむ私のまえに現れた芸術家らしいみなりの女性
私に向かって笑顔で軽く会釈をすると
しっぽを振るポインターをいなしながら山道を下っていった




オッペとの関わりはそれが総てだった

相変わらず地図には美術館と記されてはいるけど
大道あやが開設したという美術館はとうに廃していて
今は、その建物を継いだかたちでゲストハウスおっぺ村となり
アーティスティックなイベントが催されているとのこと

それらを予め知っていた訳ではない

桂木観音あたりでも散策しようと
毛呂山駅で下車
パンフレットのイラストに従ってのそぞろ歩き

ウオーキングコースとして整備されている山道は歩きやすいけど
簡素なゲートで閉ざされた脇道には落ち葉の深い堆積

薄暗さへ少し分け入るだけで静かにひとり
歩きにくさで弾んだ息を整えようと切り株に腰掛ければ
日差しはひんやりと沈んだ雲の重なりに遮られ

このまま優しげな落ち葉のベッドに身を横たえるなら
はるか彼方訪れるであろう春の目覚めまで
安らかに寝入ることができるのでは

たとえ二度と目覚めの訪れぬ眠りであったとしても

そんな浅はかな夢想を諭そうとしたのか
手の届きそうな低さのところで山鳥の鋭い鳴き声一閃
厳しい冬はすぐそこまで訪れていることを知る




仮に拙いながらも詩を書いていると住人たちへ告げたとしたら
ゲストハウスのなかへと招き入れてくれるだろうか

ステージらしきところに呼ばれて簡単な自己紹介
そして促されるまま携帯サイトから引き出した拙い自詩を読みだす

場違いな山ガール風情な震え声の朗読に暫し耳を傾け
よそ者の乱入に戸惑う場を取りなそうと
長い髪を後ろで結わえた年長の男性が短い感想など述べくれ

私は紅潮した面持ちで手招かれるまま古い椅子に座る
長年馴染んできたかのような手作りの椅子

果たして私は彼らに許されたのか

また遊びに来てくださいね

笑顔はあの落ち葉のベッドのように優しげであったとしても




桂木観音への急坂
ゆずの里らしく道の両脇にはゆずの黄色い実が鈴なりと生っていた

無骨すぎるほど頑ななゆずの素顔
それでも厚い皮の下には柑橘系らしいすっぱさが潜んでいて

雲の切れ間からのぞいてくれた初冬の日差し

「あと少しで」

息を切らした急坂の果てに訪れるもの

それはひとときの安らぎであり
目をそむけ続けた果ての惨い現実であったりもする











自由詩 オッペのひと Copyright 恋月 ぴの 2011-11-21 15:56:09縦
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