聖堂の夜会に踊りに行こうと、あなた以外の右手が誘い出して、音をたてて破裂した日の名残り。俯かせた顔の影絵。錆びた蛇口みたいに固まった猫が見つめ。
祈りとオリーブ色がまじった夜がゆらめき始まる。
車はやっぱりキャデラック。キャラメルを流したように滑らかな道。速度と光を暴いていく。交差するクラックションはあの4文字みたいにきこえる。性交よりも良いサンドイッチをよこせよ。約束されたタイミングでの笑いが買われる。それでも自分たちは卑しくないと信じながら。夜のもっと深くに。
そんな手振りで漕ぎ出していく。
注ぎ過ぎたコーラの炭酸みたいに、夜会が溢れかえってる。割れたステンドグラスが聖母の顔の輪郭を探している。アルコールで建てられた塔たちはお祭りを囲んで照らす。仮面をつけた男女が入り乱れて新しい色を発明していてる。葡萄畑まで祝祭の火が舞う。口元から零れた色水の数滴が、開かれた白い胸で柔らかに着地する。誰かがなにか叫んでいる。酒盃の縁が薬指で弾かれたら、シンバルが砕ける音がして。魚みたいに泡を吹いて倒れたひと。戯れに尖塔の鐘を突くひと。などをない交ぜにする不吉な音楽の。
糖衣を一枚はがしていくと、便所にこもったままの男がずっと手を洗っている。
友達は知らない女と葡萄畑に消えた。闇の奥を冒険するらしい。どこかで怒声がして、夢の水面から鳥がひとなぎで飛び立つ。欲望の渦潮の中で、みんな自分の感覚にしか興味がなくなる。仮面のかぎられた視界は僕たちの暗やみを寄せる。自分の海に溺れているんだとおもう。塩の味がする夜。掻き傷のついた銅のような笑顔を貼り付けている。僕のなにかがざわつくと。後悔はさざなみのように寄せてくる。海にいきたい。冬の海に、いきたい。砂の城なんかつくって。月の城なんて名づけて。汚れてないことを、汚れないことを。祈って。グラスがまた砕け散る。鳴り止まない水の音。どうしてそこまでして手を洗がなきゃならない?
すこし吐き気がする。
バックヤードはすずやかに闇を呼吸する。ひきのばしたような貧しい川が身を横たえている。白すぎる星の原に風が鳴る。水に、手を、泳がせる。波紋の野火が白光を川面に散らした。ちいさな波を掠めながら静かに消えた。いつのまにか対岸に女の影が立っている。手をひっこめる。僕は立ってそちらを見つめる。相手も僕を見つめる。女はなぜか裸足だった。後ろで誰かが僕の名を呼んでいる。振り返る。誰もいない。また前を向く。女はいなくなっている。彼岸の先では聖堂が灯っている。そして僕の前には。
川が残酷のような姿をして流れている。
俯くと、水とアルコールの混血児が僕の首に手を回してくる。誰かが僕の名を呼んでいる。鼻の奥から麻の匂いがする。僕たちはあやまっていたんだろうか?なごやかにすべてなかったことにする陽の暮れ方や。恥ずかしさをだしぬけに与える夜の訪れ。かみさまに手紙をだしたはずだ。ワイン瓶の中で身を硬くする手紙。かもめの行き先。海岸の最果て。振り向いたときの表情。斜光。
そんなものたちを弄んだ両手が燃えている。
音楽が鳴り止まない。頭のなかに宿した海の。右耳の裏側。汀がいつも鳴っている。そのことにきづいたときから、僕たちは岸辺に閉じ込められていた。長い岸辺。広がる岸のどこにも、やわらかな砂にささったワインボトルなんて生まれない。城なんてないし、しあわせの国もない。波がなにもない浅瀬になじんでいく音をききながら。みとどけながら。燃える両手をどうすることもできず。彼岸の光をみつめながら。僕たちは。
僕たちを繰り返している。
知らない女が戻ってくる(あなたは戻ってこない)僕は冬の海に行こうと女を誘う。
女はひとつくびをかしげ、泳ぐみたいに聖堂へ戻っていった。