江古田家臍次第(えこたけへそのしだい)
salco

およそ百年前
大学二年の一人息子を交通事故で亡くした時
既に寡婦であった資産家の江古田夫人は
今度の悲嘆には到底耐えられないと思った
そこで息子のDNAを研究機関に預け
一年半後
スーパー多能性幹細胞で自己再生した
嬰児の息子を受け取った

ありし日の息と同じ息を
同じように育て直し
成人させ
六十七歳の秋
膵臓がんを発症して
およそ二年の闘病ののち没した


母の愛情を一身に享けて育った息子は
二十四歳になっていたが
この死別には到底耐えられないと思った
そこで母のDNAを*輪廻還生事業法人に預け
一年後
スーパー多能性幹細胞で自己再生した
嬰児の母を受け取った

ありし日の母と同じ娘を
親孝行も加味して育て
成人させ
四十七歳になっていたが
息の愛情を一身に享けて育った母は
そんな家が疎ましくもあり遊び歩くうち
馬のホネの子供を孕んで結婚を反対され
後ろ足で砂をかけるように出て行った


息子は母を死んだものと思いあきらめ
だが母から遺された資産には手をつけず
母本人に遺す旨の遺言状を作成して十年後
七十一歳の春
ウィルス性心筋炎で急死した
報せを受けた母は五人もの子持ちとなっており
必要以上の生活苦にすっかり萎びていたが
亡父の慈愛に悔悟と感謝で滂沱しながら
この死別でやっと安気に暮らせると内心
明日を寿いだ

それで早速
丸菱USJむぎほ信託銀行の小竹向原支店に出向き
スーパー定額信託で保管された
祖母で自分の遺産を受け取った
そして相続税納付後は
五人の子とそのカレシやカノジョ
無職アル中ギャンブル依存おんな狂いの夫の食い物にされ
江古田家はまたたく間に没落
土地家屋も売却され一家離散
今は一棟の分譲マンションになっている



*注 輪廻還生(りんねかんしょう)… 
   2048年頃、再生医療技術を応用したSiPS細胞(超・人工多能
   性幹細胞)を使う再生誕請負企業が作った造語=Renewbornation
   (Reincarnationのもじり)の和訳。
   倫理上の問題、また人口減少を鑑みた厚生労働省の事実上黙認など、
   詳細についてはVagipedia参照のこと。




自由詩 江古田家臍次第(えこたけへそのしだい) Copyright salco 2011-11-20 23:05:52
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