ランチタイム
オノ

ケイティ、クリスティ、それからローラは仲良しの三人組だ。
ケイティとクリスティは二人とも変てこに曲がりくねって
串も通らないトウモロコシのひげみたいな髪の毛に、そろって
そばかす顔のさえない女の子で、クリスティのメガネといったら
コーラの瓶の底に例えたらコーラに失礼なくらいぶ厚い。
ローラも二人に負けじと真っ黒な髪の毛をくねらせているが、
彼女の目は糸みたいなケイティとクリスティのそれに比べたら
ギョロっとあたりを見回していて、もしかして気でも違って
いるんじゃないかというような雰囲気がある。
早い話、三人はクラスでも冴えない女の子たちの、それも
よりによって目立たないほうから順にかき集めたような
グループだったわけだ。
ケイティとローラは読書が好きで本や詩や漫画の話をするのが
好きで、クリスティは学年でも10人のうちに入るような
成績のいい女の子だった。たしかに三人とも頭がよかった。

三人には敵がいた。それは三人と一緒のクラスで、学年でも
一番の美人でおまけにチアリーダーのジェシカだった。
ジェシカはいつでも輝くような金髪をなびかせて学内を
歩き回り、いつでもきれいな女の子や端正な顔立ちの
男の子たちの輪の中にいた。
三人組の住む世界とジェシカの間には明らかに壁があった。
見えないけど絶対に超えることのできない身分の違い。
誰も口にしないまでも、三人組とジェシカの間に少なくとも
三つくらいの階層の違いが隔たっていることは明白だった。
そして、誰もがその階層の膜を破らないように生きていた。

「でもね、あの子とってもいい子だったわよ。
私なんかにも分け隔てなく話しかけてくれたわ」
ローラが二人に向かっていった。
その日ローラは、立入禁止のテラスの芝生の上で、ジェシカと
楽しそうに話し込んでいるところを何人かに見られたのだった。
きっと、上流階級の真っ只中のジェシカが、自分には下層の
人間と交流する懐の深さもあるのだと、アピールするために
ローラが一時的に利用されているのだと誰もが―特に"下層"の
者たちは思った。
でも、ジェシカとローラはむしろどんどん仲良くなっていった。
ぎょろぎょろした目の、いくらか黒人の血の混じった冴えない
女の子のローラは、ジェシカと付き合い始めてから見た目や
ファッションにも磨きがかかり、以前より明るくてきらきらした
印象のある女の子に変わっていった。

「私たちは、あなたと仲良くするわけにはいかないわ。」
お昼の時間に、メガネの下で冷めた目を左右に流しながら
クリスティが言った。
ローラはジェシカと仲が良くなってからも、ランチは以前と
同じようにケイティたち二人と食べるのが習わしになっていた。
「一体どういうこと?」と、ローラは聞き返したかったのだけど、
クリスティは抱いていたランチボックスと一緒にくるりと後ろを
向くと、ローラとは離れた場所にあるケイティの机に椅子を
くっつけて、何も大したことはなかったような素振りで楽し
そうに話しながらランチを食べ始めた。
ローラからはケイティがどういう表情をしているのか見え
なかったけれど、たぶん同じように何ごともなかったように
屈託なく話しながらランチを食べる―ふりをしているらしく
思われた。
実際、ケイティにとってローラは何の重要さも持たなかった。
見た目と家柄、それから人脈と、くだらないものを根拠に
作られた学校のヒエラルキー。それにあぶれた自分たちが
形成したコミュニティ。三人組はただの吹きだまりではなくて、
そういうくだらない価値観に反旗を翻すレジスタンスのような
ものだった。少なくとも、今までは。
ケイティにとっては、きらきらしたジェシカの誘いに惑わされて、
簡単に自分たちの組織を裏切ったローラは、ローラの皮をかぶった
汚らわしい何かのように見えた。
ケイティは、ローラとクッキーを作ったことや、詩の話をしたり、
一緒に映画を見たことを思い出すとたまらない気持ちになるのだった。
たしかにローラは、頭でっかちで周りを見下しているクリスティより、
自分にとっては親友と呼ぶに相応しい存在だと思っていた。

それから二人とローラは関わらなくなり、ローラはやがて
ランチもジェシカたちの大きなグループと食べるようになった。
ケイティとクリスティにとっては、どんどん上層に登りつめ
ていっていまやジェシカと同じようなきらきらした何かを
ふりまいているローラはもはや天上人のような存在だった。
二人は誰もいないところでもローラの話をすることを避ける
ようになったし、以前のようにジェシカや他のきらきらした
女の子たちや、その行動の程度の低さについて話題にする
ことはほとんどなくなった。
ローラと関わらなくなったケイティとクリスティは、ある意味で
ローラと二人のように断絶されたような心持もあったし、罪の
ような連帯感を感じることもあった。
二人は、他のどこにもないような独自の関係で、独自の運命や
思索を積み上げていくことになった。

それから、ジェシカが応援するなかで最も盛り上がるフットボールの
試合にローラたちの学校が勝ったあと、決勝のゴールを決めた
ネルソンがローラに告白した。
ネルソンはフットボールクラブのホープで、背が高くて顔が
小さくて優しくておまけにユーモアがあって友達が多くて、
なによりジェシカがずっと前から好きな男の子だった。
ローラはそれを知っていたけど、ほかに断る理由もなかったし
ネルソンのことは好きだったのでOKした。
ネルソンがジェシカよりローラが好きだったのは、彼女の口から
時折飛び出す大胆で辛らつな言葉だったり、詩の一節だったり、
映画の名台詞だったり、どれもジェシカの機転では出てこない
ようなものばかりだった。
彼女のような気のついた女の子と付き合うのがネルソンの
長年の夢だった。

「私はもうあなたと仲良くするわけにはいかないわ。」
夫に先立たれた老婦人のような顔をしたジェシカがカフェに
現れて、ローラに対する第一声がそう放たれた。
それから、ジェシカは、泣きながら、友達だと思っていた、
と切り出した。
ジェシカは次のようなことを言った。
わたしはあなたのことをずっと友達だと思っていた。
わたしがネルソンのことを好きなのは知っていたでしょう。
嫉妬しているんじゃない。あなたに裏切られたことが悲しい。
なんでひとこと言ってくれなかったの。
あなたとネルソンがたまに二人でいなくなるの、
変だと思ってたわ。
もしかしてずっと私を陰でバカにしていたの。
私は詩も知らないし本も読まないバカ女よ。

ローラはジェシカがあまりにかわいそうになって
抱きしめてあげたけど、ジェシカはローラの服に
鼻水をつけたあと「友達だと思っていたわ」と繰り
返しながら、よろよろとカフェを出て行った。
それからジェシカとローラは関わらなくなった。
それに、ジェシカとその取り巻きの間ではローラは
ひどい女だということになって、ローラはいつも
仲良くしていたグループを追い出されることになった。
ローラはばかばかしいことだと思った。

これまでになかったことだけれど、ローラはひとりで
ランチを食べることになった。
毎日。
少し辛かったけど、ローラはそれでいいと思っていた。
仕方なかった。
ローラは本を読んだり、映画を見たりすることが前より
好きになった。文字だけで構成された世界の、色んなことが
まるで自分のことのように思えるようになった。
だからローラは自分が間違った場所にいないことを知っていた。


ある日、ローラが一人でランチを食べていると、いつもの
ランチボックスを抱えたケイティがやってきて、向かいに
座った。
「意見が合わなかったの。」
ケイティは、自分がクリスティにローラとの仲直りを
打診したこと、断られたこと、それから、それでも
クリスティはローラと仲良くしたいと思っているはずだ、
ということを言った。
ローラはケイティが、しばらく話さないうちにより魅力的な
少女に成長していることを感じていた。
以前よりずっとケイティが好きだと感じるようになった。
クリスティは頑強な女の子だったけど、今回はさすがに
すぐに折れてローラと仲直りすることになった。


結局ローラは、ジェシカとのごたごたが尾を引いてネルソンとは
何一つうまくいかずに終わってしまったけれど、自分の周りに起きた
色んなできことのお陰で三人がより仲良くなったことに感謝していた。
必要なことが起こり、そして収まるべきところに収まったのだと。
結局、ローラと別れたネルソンはジェシカと付き合うようになった。
ジェシカの呪いから絶たれた上層の女の子たちは、再びローラや
ケイティたちと仲良くするようになったけど、それが三人の間に
流れている独特の世界に影響するものではないことをローラたちは
なんとなく知っていた。


自由詩 ランチタイム Copyright オノ 2011-10-24 11:36:50
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