偉業の虜
salco

世界一のスナッチャーは
二三〇kgのバーベルを挙げた
もう眼球は飛び出す寸前で
ようやく視神経の束に支えられている感じ
体じゅうの筋肉は石より硬直して
針でも刺せば破裂しそうな感じ
ベルトの下では十二指腸も小腸も大腸も
直腸さえ出れば、と順番待ちの感じ
もう、何もかもぶっ壊れる寸前の感じ

そこへ
世界一の王様が
でっかい赤マントを引きずって現れ
栄誉で不足なら
王冠でも妃でも水虫でも
何でもくれてやるから
あと五秒間そのままで居ろ
と命令を下した
世界一のスナッチャーは
直立不動両挙手前方凝視で承った

最初の一秒は五分間のギネスブック掲載であった
二秒目の一秒間はハーフマラソンコースであった
三秒目の一秒間は六日間の拷問部屋であった
四秒目に入ると人生が揺らぎ出し
世界がガタガタと崩れ始めた
五秒目にあと五十年という歳月が
やっと二十二年ほど経った瞬間
彼の両眼は勢い良く飛び出して
へし折れた両肘と断裂筋肉や脱腸と共に
宇宙のもくずと果ててしまった
後にはユニフォームと皮膚と
用済みの頭蓋だけが残った


自由詩 偉業の虜 Copyright salco 2011-10-07 00:29:42
notebook Home 戻る