友引のひと
恋月 ぴの

手持ち無沙汰に見上げれば夏のような雲の動きと

山すそは無残に切り開かれ
ひとの忌み嫌うものの一切合財を

そのはらわたに黙して受け入れているのか
それとも受け入れざるを得なかったのか

今日はそんな日であることは疑いようも無い事実だった




壁際の肌触りはキリコを意識しているようで
多面形で構成された正面玄関前に一台のクルマが滑り込む

霊柩車と呼ぶには粗末なワゴン
運転手は後部ドアから棺を引き出した

あれもストレッチャーなのだろうか
器用にひとりで棺を乗せると斎場のなかへと運んで行く

誰の棺なのだろう

タクシー待ちな私達の他に遺族らしき喪服姿は見当たらず
このあたりは森深い丘陵地帯なのか

それでいて意図した静けさに支配されているのは隠しようも無く




恥ずかしいぐらい質素だった母の葬儀
よくあることらしく嫌な顔ひとつしない係りのひとに尋ねれば
あれは行旅死亡人を荼毘に付しているとのこと

運転手は棺を館内へ運び終えると
駐車場で暫しの時間待ちでもするようだった

打ち合わせの電話でもかかってきたのか
白い半そでシャツの運転手が忙しく書類をめくっていた

配車してくれたタクシーはどうしたのだろう

何処かで道に迷っているのだろうか

生きる目的を見失ったまま
今頃三途の川を彷徨しているに違い無く

行旅死亡人

それは私のことなのかも知れず




また一台、粗末な霊柩車が正面玄関へと滑り込む

助手席には位牌を抱いた餓鬼の姿

後部ドアを運転手が開くと
ダニが湧き出してきたかのように腐臭漂わせた餓鬼の群れ

今日はこんな日柄だったのだ

弟と私
そんな友引の日に母を弔ったのだ

位牌に戒名など間に合うはずも無く
「故」と「之霊位」の間には母の名前

それで喪主としての務めを果たせたのだろうか

ヒグラシでも鳴いていて欲しかった
過ぎ去りし季節にしては眩しさ残る空模様だった






自由詩 友引のひと Copyright 恋月 ぴの 2011-09-26 20:28:22縦
notebook Home 戻る