対岸のひと
恋月 ぴの

台風がそれて良かったと思うものの
荒れ狂う里川の変わりようを
術もなく見つめる老人の眼差しに寄り添うことは難しい

人様の身の上にふりかかった災禍などと
素知らぬ顔して晴れ上がった台風一過の秋の空




ふとしたことでフェンス越しに階下を眺め
私でも、ここから飛び降りられるのかと悩んでみる

今でも間に合う
今からでもやりなおせる

生に縋りつこうとするのでもなく
そんな気楽な想いは絶望感に勝っていて

吹き上げてくる風の強さに目を背け
そそくさとフェンス際から立ち去ってしまう




テレビは増水した里川の様子を映し出している
合間には、いつもながらのコマーシャルと
こんな私にもチャンネルを変える選択肢ぐらいは残されていて

一人称の悲しみはどこまでも一人称のままならば

僅かな同情さえ成し得ないもどかしかさと
第三者で居つづけられる安堵の狭間で

フェンス越しに見えたもの

植え込みの緑とアスファルトに整列した黄色い駐車区画

放物線を描けばあれにも届くのかと

水際に積み上げた石ころの頂へ問いかけてみる




自由詩 対岸のひと Copyright 恋月 ぴの 2011-09-05 19:13:36
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