aerial acrobatics 15
mizu K


***


ムラサキツバメに失踪する
その前夜にふきあれた豪雨のことを
ながく思いわずらっている
きしり、と
窓はひらいた
ひと知れず
みるまに
カーテンはあおられて
奥の壁ががたがたふるえた
かすかに耳もとにきこえた
いつかのコントラルトが
近づいては遠ざかった


***


あの日は渡りの日とかさなって
そぞろで業務
車をとばして急いだが
おそく
飛び去った彼らの
航跡のなごりがうっすらと確認できただけで
その空には
うすく
ただただ、むらさきいろの群れが
彼らの行く先をなぞっていた
舟の遠景
たかく
雲はしる
連なる
むらさき
茫然と眺める
だけの
背後には
轍がえんえんと跡にある
だけで


***


タバコを吸ってもよろしいですか
そう尋ねられたので
ダメです
とこたえたら
そのタバコは女の人をくわえかけていたのだが
ぽろりと落っことし
それは困りましたねと困った顔をして
いやあ困りましたねと
あまりに困り果てて
いやはや困りましたねと
ほとほと困り果てて
あたまから紫煙をくゆらせている



***


鏡のむこうの布団の上で
死んでいる男
夜明けに蝶のとどく
男のなかばひらいた口から
ゆらゆら、ゆらゆら
のぼる
紫色したものと
たわむれる
日の出後
からまったまま
鏡のむこうの窓の外



***


レインブーツを履かなくなってどれくらいになるだろう
そう思いながら
バス停に立っているひとがいる
傘をさして
雨もりのする
バス停で
そのひとのために
バスは走る
待っているひとのために
ワイパーがはじく
雨つぶはわらう
窓は開けはなたれて
車内はうるおう
つり革からしたたる
ムラサキツバメは夢見がちに浮かぶ
押しボタンがにじんでいる
あかく、あかく
つぎ、とまります
待っている
ひとがいるから
とまります
そのひとにあいたくて
いそぎます
ひとにこがれて
せくのです
もうすぐ
もうすぐです
でも
ひとは待たずに
行ってしまった
行ってしまった
去ってしまった
バス停には
誰もいない
誰も、いない




自由詩 aerial acrobatics 15 Copyright mizu K 2011-09-04 03:45:20
notebook Home 戻る