小詩集【すべてはとうに月でした】
千波 一也



一 はじまり


夜が
輝きはじめると
色彩は、
狂う

黒く
黒く、

生まれ変わっている
ようにも
見える



月は
今夜も
あかるいけれど

影は、
いない

いつのまにやら
何処にも、
無い





二 包囲網


影は
監視している

影を
影たらしめる哀しさの
つかのま放つ
白雪を


そこから去ろうと
するたび
影は

おのれの
おのれの為の言葉に
久しく聞き入る


もう、
手遅れなのかも知れない

万策
尽きては
いなくても





三 ほんとは知らない


知っているのです
何もかも

自分の名前も
それが生まれた
日のことも

ただ
ひとつ
音だけは
蘇らなくて

一向に
蘇らなくて

幻と呼ぶにも
静か過ぎるのです

だから
見つめて
いるのです

不穏に満ちた
安息の
名で

何も
悟られず





四 野生の反論


荒野には
正直者しか生きていない

欺瞞は
ひとつも生きられない

万一
例外が
あったとしても
時間は
例外なく
有限だから

結局
事実は変わらない

それゆえ荒野は
静謐で

正直者しか
受け入れない





五 すべては砂底に


砂を砕くと
きれいに光る

音も
飛散も
きれいに光る

いのちは


風は
かなた

かなたは
流れ

流れは
渇き

ほら、

行き着く先は
砂の底

きれいに
終わる

すべては






六 船頭の証言


ええ、
確かに見ましたとも

それはそれは
物静かな横顔で
ついつい
見とれてしまうほどでしたから

間違いなど
ありません

あれは
確かに
月でした

ただ、
あれが
水の中だったのか
外だったのかと
訊かれると
わかりませんが

生憎、
こちらも
思案している途中でしたから

なにか、
思い出していたんじゃないでしょうか

そこらじゅう
水の匂いで
溢れていましたよ
いや、
今もですが

ええ、
間違いなく





七 糸はほつれる


はじめから
わかっていたこと

糸は
ほつれる

準備など
とうに整っていた

それでもなお
傷んでしまうのは
一筋縄にはいかない
飾りのせい

自由を知った
こころのせい

だからといって
責めないで

糸は
ほつれる

切り札も
持てず






八 逆さまですね


影は
消えてなど
いません

けれど
どこにも
いません

謎めいた言葉も
逆さにすれば
ときどき
正常

どきどき
しつつ

正常に
経る



まもなく
夜がきて
灯りは
すべて
難しくなりますが
どれも
これも
終わっていますから

ご安心
くださいますよう



照らされたければ
待つことです

待つつもりなら
見限ることです

見限るならば
慕うべきです

慕いたければ
砕かれることです

そうしていれば
きっと
あなた






九 赤子のように


赤子のように
無垢でいられたら

この夜は
どんなに
苦しいだろう


赤子のように
無邪気であったら

この夜は
いつまでも
続いてしまうだろう


それでも
光は

いや、
それだからと云うべきか

光は
赤子のように
覚めては
眠り

知っては
忘れ

食べては
飢えて

きりが
無い





十 黒幕


黒幕の向こうは
まばゆい光

すべてを
遮るかのような
分厚い黒幕も
ちら、と
のぞけば

淡くて
誠実


しかしながら
誠実という意味は
気まぐれな間柄にだけ
成り立つものだから
細心の注意を
払いなさい


黒幕は
得てして悪者

悪者は
得てして
傷もの


見上げてごらん
月を

あれは
もうじき
降りそそぐ

いつものように
変わりなく

















自由詩 小詩集【すべてはとうに月でした】 Copyright 千波 一也 2011-09-02 15:49:53
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