デートは延期になりました。
士狼(銀)

 息を止めて苦しくなって初めて生きていることが実感できる、みたいなのを描いたら一日置いて思っている以上に近いところに本物の死が笑っていることに気がついた。本物、っていうと偽物がいる気がしてアスファルトに投げ出されたままの体で考えてみたら、ぼくにとってそれは睡眠なんだろう、と思うに至った。気がついたらぼくの視界からは青い空が見事に消えていて、黒くて熱いアスファルトと赤い水溜まりしかなかった。あれ、頭は打っていない筈なのに視界が白くなってきたのは何でだろう。ぼくに触れているのは誰?

 ぼくが意識をなくしていたのはごく僅かな時間だったに違いないのだが、そこからは轢かれた瞬間以上に訳がわからなくて救急車のストレッチゃーごと運ばれた病院で『入院した方がいいかもしれませんね』と若い看護士が笑顔で声をかけてくれた。そのまま回れ右して帰ろうと思ったのだけれど全く体が動かなかったから「入院はいいです、帰ります」とだけ言葉を発して、それがとても体力を使う行為だったと自覚する頃にはぼくは眠りに落ちていた。
 あと少し運が悪かったら頭がなくなっていただろうね、と全身の損傷具合を診た医師に言われてなんとなく、マリーを思い出した。自由気ままな、マリー・アントワネット。彼女は毒蛇で自害だったか、ギロチンで死んだのは彼女の夫だったっけ?それから、そうやって人は死ぬのか、と思った。百聞は一見にしかず、考えるより産むが易し。実際にあと一歩踏み込んでしまっていたら死に囚われていたと分かるとああこんなにも簡単に生命維持は破綻するのだと嫌でも気づかされる。いや、人に限らない、生き物は突然終わりを迎えるのだろう。過程にはいくつもの分岐があるが行き着く先は皆等しい。そういえばあの道ではネコやネズミがぼくが血で汚すよりも先にアスファルトと同化していた。

 満身創痍という四字熟語のイメージが白一色だった理由を自分の体を見下ろして納得しながら、涙の数だけ強くなれたらよかったのに、と自分に脚があることを何度も確認しながら夕闇の中を片足で歩いて帰った。熱の上がり始めた体に夕立は肌寒く、雷の音はいつもより頭に響いた。ロキソニンをラムネみたいに舌先で転がすと何とも言えない味がする。ぼくは今、生きている。


自由詩 デートは延期になりました。 Copyright 士狼(銀) 2011-08-12 00:18:59
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