Note.
士狼(銀)

○電車――走る匣体。棺。中には死人が詰まっていてぼくたちはホームと電車の隙間の21mmを各々の足で越えることで死と生を繰り返す。


○ポニーテールの幼女――黒のギンガムチェックのワンピースに黒いリボン。死装束。ポニーテールを留める白いレースのリボンが生きている証であり、未発達な体をくねらせてポールにしがみついている。父親の足元にしゃがみこみくりくりとした小動物のような瞳を空へ向ける。暗礁。


○ナースサンダル――血痕で装飾された白。持ち主はおそらく拒食症でギリギリの眼をしている。


○左脚にケロイド――ひきつれた傷痕を不躾に眺めるとそれが単なる火傷や挫傷によるものではなく何かを消すためであったと推定できた。ケロイドを厭わないほどのもの、タトゥー?しかし左脚に?それはなぜ?


○ヴィトンの財布――中身より外見ばかり気にする男たちのこと。類語)ヴィトンのバッグ。


○喧しいママたち――『A子ちゃんママと』『D先生が』『新しくできたコンビニ』『『えー!?』』『やばくなーい?』『でもさー勉強って』『詰め込みだから』『あたしは子供が』『サッカー選手に』『医者』『若い男の先生が』『教師なんかに』『子供は任せられない』『裏口入学が』『A子ちゃんママは誰と付き合ってるの?』


○傘――凶器。試食係の眼球を突き刺すもの。雨の日に開かれるもの。


○首のないラットの幽霊――目撃者多数。証言1。深夜になるとラボの実験台の上を走る音がする。証言2。自分以外いない筈の部屋でゴトン、と音がする。証言3。音の方に目を向けるとしっぽがちらりと見えた。証言4。ラット室から逃げ出したと思いしっぽを捕まえたところ静かに暴れるそれには首から上がなく、それがいたところにはラットの頭部が落ちていた。隣の女性講師が飛び降りたのはこのためと言われているが定かではない。


○双子の老婆――片方は死んでいる。


○牛柄の猫――昼間は生きているのが不思議なくらいに弱々しい眼をしているが、夜中の国道でこちらを向いたそれはぞっとするほど鋭い光を放っていた。その光はタペタム層の反射だけでは説明がつかない、なぜならその視線に刺されたぼくは畏怖すら感じたのだ。猫の眼は別の世界への扉だと聞くが果たしてあの牛柄の猫はいったい誰を連れて行ったのだろうか、今はもう見かけることがない。ぼくはただ、「待っている。」。


自由詩 Note. Copyright 士狼(銀) 2011-08-04 21:39:09
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