饗宴のひと
恋月 ぴの
出棺を待つ君は安らかな表情で
首筋にあるべき索状痕は目立たぬよう化粧を施され
凄惨な最期を遂げたようには見えなかった
呼びかければ目を覚ますのではとか
冗談が過ぎたかな
頭を掻きながら棺から起き出してくる気もしたけど
かつて愛した男の死を認めたくない
ただ、それだけのことなのかも知れなくて
※
たぶん君がそうしたように寝室の扉へ上体を預け
揃えた足を前に放り出してみる
頭上には鈍い輝きを放つ金属製の塊
確かに人生の終りを告げるベルの類に見えなくもない
わたしでも手を伸ばせば指先は生死の岐路に触れることができるのだから
運動神経が良くてタッパのある君ならば
その刹那、何らかの素早い動作で此方側に残ることができただろうに
両手のひらをドアノブの鈍い輝きに捧げてみる
同じホテルの同じ階の部屋
君が自らの命を絶った部屋に泊まることは叶わなかったけど
それは古代太陽神を具現しているようで
生贄となるべき一頭の山羊
自らの行く末に気付いてはいても手綱を引かれれば従わざるを得ず
それがわたし達の在り様に思えた
※
空のバスタブに左手首を浸ける
もちろん剃刀とかで手首を切ってしまったわけではないし
わたしも生贄の山羊なのは確かなことだけど
自らの命を差し出すに暫しの猶予は疑いようもなくて
永遠と回り続ける換気扇のうなる音は
腐肉にたかる無数の銀蠅の羽音にも似ていた
※
告別式で出逢った喪服の若い女性
あくまでも凜として
参列者の誰もが思わずたじろいでしまうような気迫を感じさせ
喪主を演じきる
そのためだけに彼女は生きながらえようとしているのか
襟足から覗く透き通るほどに白いうなじは
執念の
或いは情念の
血臭さに溢れていた