燐光
るるりら

わたしは、思い出す。
緑青色に変化する刹那に

わたしは、思い出す。
貴賎の値札を貼らないと不安な人々が
まだ陽気だったころ
西欧の文化道理の規範と日本とは別であったころ
学問のすすめを 促したことを

わたしは思い出す。
腐敗しないスピリッツ
人々は わたし福澤諭吉を貨幣とした。

死しても わたしの肉体は腐らなかった
わたしの内部の脂肪が変性し わたしの体が蝋状になった
死しても
わたしは思惟し
繁栄を構築し
死しても豊かさを実現し
死しても わたしは まるで永久の人でもあるかのようだ


【ここから
出たい】

念ずれば動くものだ。扉が 青銅の扉が
嗚呼 開いてゆく、わたしは また新たに なる


命よ

「見込みあればこれを試みざるべからず。
 未だ試みずして先ずその成否を疑う者は、
 これを勇者というべからず」

命よ
 青銅の扉の隙間から見えるあの光は なんだ
 蛍か 
 光は呼応しあい 波うつ
 扉の両縁からみると両岸によりそう 蛍のようだ
 あれらは だれの思いだ

命よ
 扉があけはなたれた
 地下水に溶けた銅に浸された わたしの肉体に 光が差し込む
 放埓な光が 
 わたしの表層から剥がれ 舞う
 自由だ
 鱗のような 光が わたしから 剥がれ
 蛍のように飛び
 放埓に人々の元に急ぐ
 わたしが放たれてゆく  
 
 わたしは 学んだ
 結局 私は貨幣とか呼ばれているようになった わたしとて
 わたしとて 人が恋しい

 わたしは、思い出す。
 わたしの体が緑青色に変化する刹那に
 燐光よ わたしの命よ
 わたしは 人が愛おしい
 
 謳歌しておくれ すべての命よ
 私の燐光よ
 わたしは錠の中では居られない
 
 触れられぬ人を永遠には抱けない 
 放埓な自由経済よ
 人のために 生きよ
 




西暦1977年 福澤諭吉の棺を開けたところ、
諭吉の棺は、その地下水に洗われるような状態に在り、
諭吉は、着物を着て帯びをしめたまま胸の上で手を重ねて仰向けに地下水に浸ったまま横たわっていた。地上に引き上げられると遺体は大気に触れることによって緑色に変わった。棺が
開封され 諭吉が火葬として改めて 荼毘に ふされた直後のことだ

あの バブル時期が到来するのは


自由詩 燐光 Copyright るるりら 2011-06-30 01:56:00
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