春の数え方
mizu K



わたしは森の中にいるようだ
ときには幹の表皮をかけあがり
ときには維管束の中をかけめぐり
ときには分解者として仕事をこなし
ときには苔の羽毛に正体をなくし
ときには朝露のひとたまになって
しずかに消える
だがいつしかわたしはまた森の中にいることに気づく
腐葉土をしっとりと踏んで立っている
わたしが誰であるのかよく知らない
もう、しばらく森の外に出たことがない

足もとを見る
文字のかけらが散乱している
胞子を飛ばして見る間に消えていくものがいる
まだあたらしい葉、ふるい葉、ほそい枝、ふとい枝
それらが幾重にも繊細に組み上げられて階層を形づくり
その奇跡的に支持されたてっぺんに
わたしは立っている

それから
わたしは歩く
その細密に構築された細工ものをかさこそと
少しずつ崩しながら
かすかな足あとをつけていく
森の外へ向かって
やがて

おなかをすかせたおおかみが
あなたのあしあと
かぞえています
ひい、ふう、みい、よ、おいしそう
ぬきあし、さしあし、もうすぐ、がぶりん
おなか、ぺこぺこ、よだれが、じゅるーり
そんな歌をうたいながら
風下から
おなかをすかせたおおかみが
あなたのあしあと
かぞえています
あなたのせなかのすぐうしろ
気をつけて
気をつけて

そんなそよ風の警告を
聞きながら
わたしは歩く
風のことばが正しければ、よし
ただの気まぐれでも、よし
彼らのことばはいつもどこか不確かで
彼女らのことばはいつもちょっといいかげんで
それらは長くかたちを維持できないで
かけらが散らばる
森の地面にばらばら散らばる
木もれ日に差されてきらきらひかる
それもいずれは分解されて土に織り込まれていく
意味をうしなって誤読をさそう
ためにだれかをまどわす文字のかけら
森のしかけたささやかな罠

季節は春だ
だれかが噴くように生まれ
だれかははじけるように死ぬ
すぐ背後には獰猛な夏が
気配をうかがっているから




自由詩 春の数え方 Copyright mizu K 2011-05-05 03:02:43
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