滑るひと
恋月 ぴの

懐かしい向かい合わせの座席
小旅行ってことばの似つかわしい車内の雰囲気

(偶然だったのかな、向かいの席に座った男のひととの軽い会釈)

それでも嵌め込み式のガラス窓では吹き込む風に往生することもなく
車窓から望む田園風景は他人行儀に流れて行く

(どちらまでとか当たり障りのない挨拶を交わし)

いまどきの節電なのか車内へ差し込む日差しに踊る通過駅
モノクロームのホームには人の姿もまばらで

はてさて、これからどうなるだろう

取るものも取りあえずとか
火急の用件と言い得る程の出来事ではあるのだけど

あたふたとするばかりなのは我ながら呆れ果てるばかりで

(スーツの襟章、どこかで見かけた会社のマークに似てる)

他に席が空いていない訳ではなかったし
トイレのふりでもして車両を移ることもできたのだけど
何故かわたしは旅なれた風情に相槌を打っている

何かしら命じられたならば自ら積極的に応じていたかも知れず

(お嬢さんが近く嫁入りするとかにまで話は及び)

北へ向かうこの快速列車はほぼ定刻通り目的駅に到着するのだろう

(日常を繰り返すとはこのような様に相違なくて)

取り留めのない、それでいて息苦しさを覚える彼との会話に窮し
寝たふりをはじめた膝頭に伝わるのは

減速する車両の重みとあり得ない程のふしだらな想い


自由詩 滑るひと Copyright 恋月 ぴの 2011-04-25 20:54:18
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