紅い尾鰭
渡 ひろこ

上澄みの中を泳いでいた
透明ではなく薄く白濁した温い水の中を
紅い尾鰭をゆらゆら振って
指差すふくみ笑いを払い退けて
腹の下に感じる見えない水底の冷たさに慄きながら
ゆるんだ流れに身をまかせて食い潰す時間
ダラリとしなだれる紅い尾鰭


ドスン! 
いきなり下からの衝撃波に突き上げられた
その瞬間凄まじい勢いで飛ばされた
目に見えない巨大な力で掻き回され
気づくと辺り一面、混沌とした濁り水になっていた
隠れ家だった元の場所へ戻ろうと必死でもがいても
上澄みの中で真珠と信じて掴んだのは
鉛の玉と変わり果て
止まり木だと思って縋ったのは
ただの流木にすぎなかった


温い水はまやかし
居場所など元からなかった
残されたのは怠惰と逃避で汚れた茶色い水


嗚呼、息が苦しい
水面で口をパクパクさせて呼吸する
いっそのこと深く潜って
静かに横たわる寡黙な流線型になって
このまま誰にも知られず朽ちようか
それでも身体がふわりと浮いてしまうのは                     
覚悟がない中身が薄っぺらなせいだろう                     
                                        

そう、留まるとますます濁って先が見えない                   
前に進むには自分の鰓で
濾過しなければならないのだ              
循環しなくてはいけない
自分の中の爛れた淀みも               


ふと見やると
もうすでに力強く泳いで                      
濾過した透明な水を吐きだしている魚影が                     
遥か下の方に映る                             
                                         

大きく息を吸い込む


少し褪せた紅い尾鰭は、水面をピシャッと叩き

冷たい水底を目指して、青の闇に消えていった








自由詩 紅い尾鰭 Copyright 渡 ひろこ 2011-04-13 20:07:28
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