花を植えるための文法レッスン
N.K.

現在完了で私は部屋が片付けられない
夏休みの宿題は その日のうちに書きとめられずに
お天気欄は空白のままだ
(そしてその結果、いまでも宿題は出せずにいる)

宿題を片付けられないまま思春期になり
一丁前にあの人に花を贈りたいと胸を焦がした
自分の知らぬ植物の名を口にする父親にはそれだけで反抗した

「もしあの人に薔薇の花が渡せるとしたら・・・」
そんな仮定法で頭を悩ましていたころ
明日世界が滅びるとも、今日私はリンゴの木を植える
と言う言葉を知った

そんな仮定の話に現実は答えられずに
すっかり中年になっていった自分は
花の名前に詳しい同僚をそれだけで尊敬していて
植物の名に少々詳しい父とは疎遠になった

花の名前もよく知らずに結婚し
植物の育て方が分からない自分に娘が生まれ
娘の育て方も分からない
入園式にもらった鉢植えは
やっぱり枯らしてしまった
花を育てることは失敗の連続だった
(娘よ 君を育てることは失敗の現在進行形だ)

そんな自分に
花を植えてくださいという呼び掛けが聞こえる

今日 見渡す限りに
リンゴの木を植えておけばよかったと
後悔をしてもどうにもならない

花を植えてくださいという呼び掛けが聞こえる

また枯らしてしまうにしても
集合住宅の2階は庭なんてないけど
鉢を買ってきて育ててみようか
(娘よ 君や君のお母さんと花を植えてみようか)

出すのを忘れている宿題を
妻や娘に手伝ってもらう者などいないけど
今回ばかりはお願いするよ
今回ばかりは真面目なんだ
今回ばかりは老いた父に育て方でも聞いてみようか

ベランダで鉢が育てられて
そんなベランダで通りが一杯になり
そんな通りが縦横に広がってゆく
そんな幻が頭に付着して離れない
そんな幻が頭に付着して離れない

花を植えてくださいという呼び掛けが聞こえる
祈願文の言い方を教えてください
だれでも結構ですから


自由詩 花を植えるための文法レッスン Copyright N.K. 2011-04-01 23:56:24
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