「戻ってくれて ありがと。」ね
千月 話子

 悪い事をしてはいけません 悪い事をしてはいけませんよ

       と 風が運ぶ 風が運ぶ


あなたは 朝8時に 長い坂道を転がって行ってしまう   
隣の人も その隣の人も 意を決したように
一番 その地で 一番高い位置で
一度 固唾を呑んでから 勢い良く転がって行く
景色も見ずに 猛スピードで・・・・・・


ボール遊びの好きな犬が それを追いかけて行ってしまった
帰ってくる時には夕刊を咥えて 持って帰ってくれると嬉しいのに
高級住宅街の高い塀の上で 赤い首輪を付けた猫が大あくびをしたので
小さな鈴が「チリン。」と終了の合図を知らせた

私は坂道を転がらなかった いや 転がれなかったんだ
     ふいに 空を見上げてしまったから


真っ直ぐに続く坂道を 逆戻りする
遠近法で書いたなら 最初に描く 点 に向かって

小さくなる家々は緊張を吐き出して 柔らかな日差しを受けて朝寝のひと時
私は鼻歌を歌いながら ルルル と丸い音を落として軽やかに帰るのよ


 今日の空は本当に雲ひとつ無い 穏やかな晴天で
 今日のニュースに映る空も青いのに 同じに見えないのは何故だろう


悪い事をしてはいけません 悪い事をしてはいけませんよ  と
昔話の語りべが 呪文のように・・・それを呪文のように 唱えているの

1丁目の見知らぬ人は 朝8時に長い坂道を転がって
転がって 転がって 転がって 道を間違えて
遠い国で黒い塊になって ドカン と爆発してしまったという


 窓辺に飾られた綺麗な花の色を忘れてしまったのですか?
 小首をかしげてなぞなぞを解く子供の顔を見た事が無いのですか?
 喜びに心温かくして涙が出る位笑った事が無いのですか?
        見知らぬあなたは 誰ですか?


夜8時 帰路に着くあなたとあなたの犬は楽しそうで
私の 少し鼻声の「おかえりなさい」を不思議そうに聞いていた





自由詩 「戻ってくれて ありがと。」ね Copyright 千月 話子 2004-11-05 23:21:49
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