子供騙し
光井 新

 ぷかりと浮いていたんだ。ひっくり返ったまま、動こうとはしなかった。さらさらと、機械的に水が循環されていて、流されていたよ。あの赤は、まだ子供だった僕の血だ。
 硝子の壁が、ふわりと、花柄のスカートに見えた。花柄のスカートっていうのはママの拘りでね、色んな花柄のスカートをママは毎日穿いていた。自分では覚えていないけれど、ミキハウスのロンパースを着せられていた頃の僕は、ママが穿いている花柄のスカートの中に潜り込むのが大好きだったらしいんだ。硝子の壁はパパの趣味でさ、僕が育った家の四角いリビングは、北側の壁一面が水槽になっていて、これまた覚えていないけれど、僕が幼稚園に入るまでは、金属片みたいなアロワナが宇宙を飛ぶようにして泳いでいたらしい。
 小学四年生の春、僕は生き物係になった。当時密かに想いを寄せていた新井さんに近付きたくて、動物好きの新井さんが生き物係になったものだから、定員二人の内の残り一人に立候補した訳さ。
 新井さんはね、ピョンスカンのよく似合う女の子だった。ピョンスカンは、四年二組の教室で飼育していた青いネザーランドドワーフで、新井さんが抱いていると絵になって、僕のジャポニカ自由帳を埋め尽くした。
「明日から夏休みです」という事で、ピョンスカンをどうしましょうという時も、当然のように、新井さんが家に連れて行って世話をする事になった。
 僕はといえば、夏休みの間、三尾の金魚を預からなければいけなくなった。
 だけど、うちに来てから二週間経った日の夕方、預かっていた金魚達は死んでしまった。「おうちへ帰りましょう」っていう十八時の町内放送を聞いて、夏祭りから帰ると、死んでいたんだ。買い物に出掛けていたらしくてママはいなかったけれど、後になって聞いた話だと、ママがカルキを抜かずに水を替えてしまったらしいんだ。
 どうしよう――頭が真っ白になって、僕はしばらく立ち尽くしていた。すると、仕事から帰ってきたパパが、「今から金魚屋さんに行こう」って僕に声を掛けてくれたんだ。僕が預かっていた金魚は和金っていう赤一色の比較的個性が目立たない種類だったから、似たような大きさの物を買って来て代わりにしてしまえば、金魚を殺してしまった事なんてばれやしないとパパは言った。
 二学期が始まると、ピョンスカンの色が白くなっていた。秋毛に生え変わったのだと新井さんは言っていた。クラスメイトはみんな、白いウサギを見て驚いていたよ。金魚を見る子なんて一人もいなかった。


散文(批評随筆小説等) 子供騙し Copyright 光井 新 2011-03-13 12:21:47
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