着信履歴とパンダ
光井 新

 ねぇ、母さん、パンちゃんって覚えてる? 幼稚園の遠足で、動物園に行った時、母さんが買ってくれたジャイアントパンダのぬいぐるみ。そういえば耳の所をかじったりして、母さんにはよく叱られたっけ。どこに行く時もいつも一緒で、人見知りの僕にとって、大切な親友だった。
 でも小学校に入るとクラスに友達ができて、その友達がうちに遊びに来た時、パンちゃんを壁に投げ付けて遊びだして、あの時の僕は本当は、パンちゃんを投げるのを止めたくて仕方がなかった。それなのに、暫くすると、僕も一緒になって投げて遊んでた。ぬいぐるみが可哀想だなんて言ったら、おかしいと思われそうで、恐かったんだ。
 友達が帰った後、僕はパンちゃんの事を鋏で切り刻んだ。だって、人間の友達の方が大事だと思ったんだ。男の子がぬいぐるみなんて大事にしてたら、折角できた友達も去って行くと思ったんだよ。
 あああ、ごめんよ、パンちゃん。僕は馬鹿だ。僕は卑怯だ。だから本物の友達なんて、結局一人もできやしなかった。携帯電話の着信履歴も、全部母さんで埋まってるんだよ。
 母さん、お願いだよ、もう一度ジャイアントパンダのぬいぐるみを僕に買ってよ。じゃないと僕、マザコンになってしまいそうだよ。


散文(批評随筆小説等) 着信履歴とパンダ Copyright 光井 新 2011-02-13 04:29:47
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