中央線
虹村 凌

商店街の真ん中にあるラブホテルだった
アンドレと言う名前のプロレスラーがいる事を思い出した
自主制作の映画の主人公も同じ名前だった
そんな事を考えながら
「アンドレ」
と俺が呟いた瞬間に
女は笑いながら
「ここ狭いよ」
と言った
腹が立った
俺が知らない所で彼女が楽しくセックスをしていた事が腹立たしかった
思い切り殴り飛ばそうかと思ったが
下北沢の商店街だったので止めておいた

俺が高校生だった頃に
やはり同じ女が一生懸命に語っていた男の名前が思い出せない
まるで電車の中で誰かが電話しているのを聞いているようだ
片方からの情報しか入ってこない
苛々する
この女に関わった男を片っ端から殺してやりたい気分だった
アウディーで高速を飛ばしていた男も
起業した男も誰もかも殺してやりたかった
殺してどうにかなる訳じゃない事は理解していた
そして馳星周の読み過ぎだと自嘲して今日も終わる
今日も終わるのか
今日ここでその女を問い詰めればいい
それこそ馳星周の小説の様に首を締め上げて

教育欲は無いのかと女が俺に聞いた
言う事を確実に守るのであれば何かを言うが
守れないのであれば言う気にはなれない
そもそも俺の希望など通る筈も無いと思っている
そういう意味で
「別に教育欲は無い」と言ったが通じていないだろう
痩せさせて毛を剃らせて綺麗な下着を履かせて何になる?
俺が五月蝿く言って女が確実に従うのなら俺は幾らでも五月蝿く言おう
全ての人間を誰かに似ていると言うのは止せと
そんな幻影にうんざりしているんだと
そんな女が俺が知る限り一番俺を理解している事を思えば
笑うしかない
だから俺は笑った

実に寒い夜だった
中央線の通り過ぎる音がした
新聞配達の原付の音がした
俺がわからないと言って女は
ベッドで口を開けて眠っている


自由詩 中央線 Copyright 虹村 凌 2011-02-05 19:54:07
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