病床
salco

檻のような
陰気臭いベッドに掛けられた
その堅く白いシーツはかつて
私の母が人生の最期の十数日間を
生きていた場所だった
あれから何十回と洗濯され消毒され
何人もの患者を載せ
或いはとうに廃棄されたかも知れない
ごわごわした分厚いシーツの上に
母はその日々衰弱して行った体を載せて
春を歓ぶ権利も剥奪された生命の一刻一刻を
懸命に燃やしていた

看護婦にとっては顔の無い患者の一人
医者にとっては殊更の印象も無い症例の一つ
又、他人にとっては取るに足らない物語の
エンドマークに過ぎない
けれど母にとっては一刻一刻が、
激痛に苛まれていても貴重な生の輝きだった
抗う術なく死へ吸い込まれて行く時間の中で、
心臓の鼓動の一つ一つが母の
唯一手にした武器だった

その白旗のようなシーツの上で
その骸は、私にとって一番大事な人であり
大きな大きな愛であり唯一の家であり
生まれた星であり、
七十三年間の人生が詰まった、かけがえのない地軸だった


自由詩 病床 Copyright salco 2011-01-28 00:34:31
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